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【アーカイブス#89】嵐の中でも消えないハリケーン・ランプの光のようなジェフリー・フーコーの歌。*2018年3月

ジェフリー・フーコー(Jeffrey Foucault)は、1976年1月26日、アメリカはウィスコンシン州ホワイトウォーター出身のシンガー・ソングライター。フーコーという名字はフランス系で、地球の自転を立証した「フーコーの振子」で知られる19世紀のフランスの物理学者のジャン・ベルナール・レオン・フーコーや20世紀の有名なフランスの哲学者のミッシェル・フーコーと同じフーコーだ。とはいえジェフリーの家系は何世代にもわたって自分たちの名字をフランス語読みのフーコーではなくフォカルトと発音してきたようだ。この文章ではとりあえず名字はフォカルトではなくフーコーと書かせていただく。

ブルースやフォークなどのアメリカの伝統音楽、そしてロックやカントリーに強く心を奪われたジェフリーが人前で本格的に歌ったり演奏するようになったのはウィスコンシン州マディソンのカレッジに進んだ頃だから、1990年代中頃から後半にかけてのことだ。
ジェフリーは2001年前半にはデビュー・アルバムの『Miles from the Lightning』をAcoustic Rootsレーベルから発表し、2003年にはジェフリーのそのデビュー・アルバムのレコーディングにギターやラップ・スティールで参加していたピーター・マルヴェイ(Peter Mulvey)、ボストンのシンガー・ソングライターでジェフリーの妻のクリス・デルムホースト(Kris Delmhorst)とのトリオ、レッドバード(Redbird)でアルバム『Redbird』をSignature Soundsから発表した。そのアルバムで三人はそれぞれの自作曲以外にボブ・ディランやウィリー・ネルソン、トム・ウェイツ、R.E.M.、グレッグ・ブラウンなどの曲をカバーして歌っている。
2004年夏にジェフリーはSignature Soundsから2枚目のソロ・アルバム『Stripping Cane』を発表し、2006年にはソロ作3枚目の『Ghost Repeater』が続いた。2009年には「Hello in There」、「Speed of
the Sound of Loneliness」、「Clocks and Spoons」などジョン・プラ
インの曲を13曲カバーしたアルバム『Shoot The Moon Right Between The Eyes』、2010年にはシンガー・ソングライターのマーク・エレリ(Mark Erelli)と二人でアメリカのマーダー・バラッドばかりを取り上げて歌ったアルバム『Seven Curses』、そして自らのバンド、コールド・サテライト(Cold Satellite)での初めてのアルバム『Cold Satellite』、2011年にはレッドバードでのライブ・アルバム『Live at the Cafe Carpe』など、さまざまなプロジェクト、あるいはグループでの作品が続いた。
そして2011年5月には4枚目のソロ・アルバム『Horse Lattitudes』、2013年にはコールド・サテライトでの2枚『Cavalcade』がリリースされ、ジェフリーの最新作は、Signature Soundsを離れ、自らのレーベル、Blueblade Recordsを立ち上げて2015年10月に発表された5枚目のソロ・アルバム『Salt As Wolves』となる。

ディスコグラフィーを通してジェフリー・フーコーのこれまでを確認してみたが、ぼくが彼のことを知ったのはわりと最近のことだ。最新アルバム『Salt As Wolves』を聞いて、ハードボイルドでありながらも豊かな叙情を漂わせ、簡潔ながらもストーリー性に富む歌を聞かせるこんなにも素晴らしいシンガー・ソングライターがいたのかと感銘を受けた。そして自らのアンテナの鈍さと寡聞を深く恥じ入りながら、最新作から遡って次々と彼のアルバムに耳を傾けていった。
最新アルバム『Salt As Wolves』は、グレッグ・ブラウンやピエタ・ブラウン、ルシンダ・ウィリアムスやアイリス・デメントのギタリストとしてもよく知られるシンガー・ソングライター・ギタリストでプロデューサーのボー・ラムゼイ(Bo Ramsey)、元モーフィン(Morphine)のドラマー、ビリー・コンウェイ(Billy Conway)、ベーシストのジェレミー・モーゼス・カーティス、そしてコーラスのケイトリン・キャンティの四人のミュージシャンと一緒にレコーディングされている。ブルース色の濃い、音が少なくて素朴なのにどこか重厚な雰囲気に満ちたサウンド、そしてそれをバックに凛とした歌を聞かせるジェフリーのヴォーカルも最高に素敵なのだが、それと同時に選び抜かれて研ぎ澄まされた言葉で彼が紡ぐ含蓄のある物語や詩の世界にも強く引き込まれてしまう。
そこではライブが終われば食事の時間には遅すぎてバーでビールを飲むしかないとツアーに明け暮れるミュージシャンの日々が歌われたり
(「Des Moine」)、彼のことはほとんど知らなかったけど俺の友だちだった、金がなくて医者にもかかれなくて妻と二人の子供を残して死んでしまった、彼の名前を聞くたび泣きたくなってしまうと、若くして病気でこの世を去ったミュージシャンのことが歌われたり(「Rico」)、生き急ぐんじゃない、そのうち何もかもうまくいく、ゴールド・ラッシュなんて夢見ちゃだめだと、やけっぱちになって自殺に走ることを思いとどまらせようと歌いかけたりしている(「Take Your Time」)。
あるいは彼女は凍てつく風に吹きさらされたりはしない、天国に行けるたった一つの方法は誰も彼もみんなを愛することだけと、それほどよく知られていないミシシッピの女性ブルース・ミュージシャン、ジェシー・メイ・ヘンフィル(Jessie Mae Hemphill)のために歌ったり(「Blues for Jessie Mae」)、ジェシー・メイがアレンジして歌っているトラディショナル曲「Jesus Will Fix It for You」をカバーしたりしている。
そして何曲か収められているラブ・ソングは、きみがほんとうのことを言う時はいつも嘘をついていて、嘘をつく時はほんとう以上にほんとうのことのように思える(「I Love You(And You Are A Fool」)、あなたはハリケーンの中でも光が決して消えることのない暴風ランプのような心の持ち主(「Hurricane Lamp」)、ぼくが信じられないことを信じてくれてありがとう、きみが一緒にいてくれたらそこは今日もパラダイス(「Paradise」)と、どのラブ・ソングも実にひたむきで一途で濃厚で熱烈だ。
ほかにもお喋りではない友人の重みのある言葉を讃えたり(「Slow Talker」)、母と息子の関係を歌ったりする興味深い歌が収められたりしていて、どんなことを歌ってもジェフリーの歌からは持たざる者、弱い立場の者、苦境に追いやられているものに対するあたたかな思いやりと強い愛が感じ取れる。

ブルース系のシンガー・ソングライターとしてアメリカだけでなくヨーロッパでも大活躍しているるジェフリー・フーコーだが、ぼくは彼の歌を聞くと、とても「文学的」なものを感じ取ってしまう。ジェフリー自身、もし自分がミュージシャンになっていなかったら、なりたいのは作家だと語っていて、小説なのかノンフィクションなのか、指すのはどちらにせよ、文章での表現にも強い意欲を持ち続けているようだ。
またジェフリーには詩人の友人も何人かいて、そのうちの一人、最新アルバム『Salt As Wolves』のブックレットに文章を寄せているクリス・ドンブロウスキー(Chris Dombrowski)とは共著で詩と歌詞の本を出版する計画がある。
またジェフリーが2010年頃に作ったバンド、コールド・サテライトのレパートリーは、やはりジェフリーと親しい詩人、リサ・オルステイン(Lisa Olstein)の詩に彼が曲をつけたものばかりで、コールド・サテライトはリサの詩を歌にして演奏するためのジェフリーのバンド、ジェフリーのプロジェクトだと言ってもいいだろう。クリス・ドンブロウスキーもリサ・オルステインもすでに詩集を何冊も出版している。
文学ということで言えば、ジェフリーの最新アルバムのタイトル『Salt As Wolves』は、シェイクスピアの『オセロ』から採られているということだ。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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