元町・中華街
2023年の12月は舞台『ジャズ大名』のリハーサルと本番で毎日のように横浜は元町・中華街近くのKAAT神奈川芸術劇場に通った。殆どは車移動だったが、所沢から乗換なしの元町・中華街駅行きの直通運転の便が良い場合は、時折使ってみた。然程混雑することはなく、まとまって読書の時間が作れるという利点もあるが、この暖冬で車内はやけに暑くなり、上着は膝上の読書台となる。こんなに横浜に通うことは勿論初めての事だが、仕事以外でこの街に来ることは殆どないので、地理に疎い。そんなに昔では無い数年前、桜木町駅で東横線の乗り場を探した挙句に漸く廃線になっていたことを思い出すくらいだったのだ。
直通運転で元町・中華街駅に辿り着く時は、土日が多かったのだが、午前中から駅は混雑している。地下ホームから地上に出るまで、結構な時間を要する。中華料理店はまだ開店時間前のところも少なく無いようだが、地上に出ると人の流れは、ほぼ中華街の門に向かっているようだった。もう街はすっかりコロナ禍から解放された雰囲気に包まれている。それを尻目に私は芸術劇場楽屋口の人通りの少ない方向に歩き、途中でマスクを外す。
ここ横浜中華街で食事をしたことは、片手の指を折っても余るほどの回数でしかない。十数年前にこの中華街でライヴをやった後の打ち上げはなんとなく覚えてはいるが、それ以外で来たのはおそらく一度か二度くらいのことだろう。なので、今回は時間が許せば、寄り道するのも良いだろうとは思っていた。しかしリハーサルはなかなかにハードで午前中から7~8時間の拘束で、終わってから中華街に繰り出し、ゆっくり食事をするという気には到底なれず、翌日も朝に家を出発することを考えると、もう迷うことなく帰宅の一択だった。本番数日前の通しリハーサルやゲネプロになってくると、今度は弁当が支給されるようになる。となれば、もちろんわざわざ外に食べに行くことはない。本番の数日も弁当が与えられ、中でも今回の役者さんが差し入れてくれたものはとりわけ美味で、弁当というものは、電子レンジで温めて食べるものではない、ということを再認識した。とりあえずご飯があったかいとうまいよな、という感覚に慣れきっていたのだ。
その弁当とは別のそれぞれの役者さんが差し入れてくれたケーターリングの甘味もいちいち上品で美味い。普段、血糖値が下がって集中力が続かなそうな時くらいは甘いものを口にするが、これほどまでに手が伸びることはなかった。美味いというのも考えものだな。
私は世の中にはある程度さほど美味しくはないものがあって良いと思っている。金を払うからには損はしたくないであろうが、なんでもかんでもコストパフォーマンスに結びつけることもなかろう。120円の分厚いハムカツより140円の薄いそれを選ぶし、どうしても甘い小豆が食べたくて買ったたい焼きのしっぽまで餡が入っていたらがっかりする。たこ焼きのタコはなくても全く構わないし、おにぎりの具は少ない方が良い。月に1~2度、地元の中華屋には行くが、毎回同じ味とも限らないし、それでも全く構わない。
さて横浜での本番も半分くらいの折り返しになった頃(横浜全13日、15公演)にはなにかと時間的な余裕も生まれる。日々繰り返しの中で効率が上がってくるわけだが、今度はそんな時間が出来、弁当が無い日にも関わらず街に出る気がしない。まあ少し疲れ始めているということだ。そんなとある一日の誰もいない我々の楽屋を写真に撮ってみた。
左側テーブルの手前の冷蔵庫隣りが私の位置だが、日が重なるとだんだんそれぞれの自分の場所に荷物が増えて行くというのが面白い。まあ私は横浜には常に通っていたので、楽屋には手荷物一つだけだったが、宿を取るメンバーは、やはり荷物が増えていく。
その代わりというわけでは無いが、今回の私は機材が多い。軽自動車に満載で横浜市街地に向かう途中の坂を登れるのか、という積載量だ。
まずは持ち替えを手早くしなければならない場面がある、アコースティックギターとエレキギター。このアコースティックギターのセッティングは今回ちょっと悩んだのだが、功を奏した場面があり大変救われた。実は公演初日の最終盤の長尺曲でエレキギターの弦が切れたのだ。本番でギターの弦を切ったのはもう20数年ぶりというくらいで、すっかり過信していたのだな。しかも切れたのは3弦。この場面でバンドで和音を使えるのはギターのみで、切れた瞬間に少しチューニングを直しそのままコードでリズムを切っていたのであるが、ギターの3弦が無い和音はなかなか腰が座らず、この後の楽曲の展開も考えると難しい。それにその後にはギターソロもあり、カオスに突入だ。ところが初日はスペアのエレキギターを用意しておらず、一か八かアコースティックギターにチェンジした。この場合の一か八かとは、ハウリングに対する懸念で、サウンドチェック無しにアコースティックをエレキ用のアンプにプラグインするわけだから、結構な覚悟でもあった。最終盤の熱狂のシーンだが、ここでの私のこの賭けは誰も知らないであろう。そして、このところ使っているアコースティック用のプリアンプに合わせてステレオケーブルを新調したことも思い出した。アコースティックギターはサウンドホールのマグネットピックアップがステレオケーブルのTIP、ブリッジ近辺の貼り付けピエゾピックアップがRINGとなっている。ところがプリアンプ側の対応インピーダンスがTIPとRINGが逆なのだ。この時ギター側の配線改造も考えたが、気軽にプリアンプ無しに普通のギターアンプでマグネットピックアップだけを鳴らせるようにステレオケーブル内でTIPとRINGをひっくり返すケーブルを作ったのだった。そしてまだ10年は経っていないと思うが、栗コーダーカルテットと湯川潮音さんで南米ペルーでコンサートをした時のことも思い出した。アコースティックギター一本でエフェクターを使いエレキ的な歪みを出していたのだ。それが今回のEpiphone DR-500 RANSだった。これなら同じセッティングで通常のエレキのように鳴らせる。これがピエゾピックアップだとハウリングで使い物にならなかっただろう。そんなことを狂乱の最中の20秒ほどで判断し持ち変えた。今回のエレキ用アンプがBRUNO Underground30だったのも良かった。いつものフェンダーよりクランチの密度が濃い。これで全く問題なく弾き続けたが、ギターソロに入る際にワウワウを踏むかどうかは少し躊躇した。なので右足をヴォリュームペダル(これも最近はタンゴのコンサートでしか使わない)に乗せ、音量とハウリングの対応に備え、やはりワウをオン。全く問題無し。関島岳郎さんはこの場面で私が何故かアコースティックギターを弾いていることに気づき驚いたようだが、出音に支障はなくホッとした。で二日目からスペアのエレキギターを用意することにした。
本来、メインで使うべきFender Jaugerを今回はスペアにした。バンジョーは4ビートの場面が多いので5弦は弾けないように、ブリッジ固定用のセッティング。ペダル類もいつになく多いが、ワウペダル、ヴォリュームペダルはエレキとアコースティック(バンジョー兼用)の二種、手前は足台。
アコースティック用アンプはAER Bingo。これは故 松永孝義さんから譲り受けたもの。アコースティックギターとバンジョーを個別のEQでセッティングし、ミキサーでまとめてヴォリュームペダルからDIでアンプに。別系統も考えたのだが、持ち替えの煩雑さと操作ミス対応で一つにまとめることにした。
さて横浜公演終え、年明けから兵庫、愛知、大阪と公演再開だが、機材はメンテナンスで全て持ち帰る。いくつかの接点洗浄や弦の張替え、バンジョーピックアップの再セッティング等、やるべきことは少なくなかった。が、横浜千秋楽の後、一つ大事な機材を積み忘れ翌日再びKAATへ。折角なので、近くの一回も立ち寄らなかった立ち食い蕎麦屋でかけそば。天かすが無料で添えられ、ちょいとしたタコや玉ねぎのかけらも混ざり、これがなかなか良い。師走の立ち喰いでやけに落ち着いて幸せを感じたが、それは私がこの横浜公演の充実を自負したからであろう。
この蕎麦が年末12月25日のことだが、翌26日からもライヴ、レッスン、リハーサルと結構な忙しさだった。
12月26日、一年ぶりのストラーダ@吉祥寺マンダラ2。左から久下惠生、中尾勘二、関島岳郎、桜井芳樹。なんだか自分の日常に戻ったような良い時間だった。
正月は能登地震に衝撃を覚える。バンジョー奏者の原さとしさんからも連絡が届き、帰省先の実家で被害に遭われた。幸い無事とのことだが、避難先では大変な思いであろう。
とにかく一刻も早い復旧を願っております。
そして舞台『ジャズ大名』はより喜び、感謝、祈りを込めて、愛知刈谷公演(1月13~14日 刈谷市総合文化センター アイリス大ホール)、大阪高槻公演(1月20~21日 高槻城公園芸術文化劇場)へと続きます。
追記
この原稿の執筆は『ジャズ大名』愛知刈谷公演直前でした。
12日夜出演者の体調不良が判明し、1月13日、14日の愛知刈谷公演は中止となりました。
本公演を楽しみにお待ちいただいておりましたお客様に、ご期待に添えずご迷惑をおかけいたしますことを深くお詫び申し上げます。
KAAT 神奈川芸術劇場 公式発表
https://www.kaat.jp/news_detail/2397?fbclid=IwAR29BKCofyJkXwGle8GEgJ4Nv3uQnDDMgyg7vHwn1dl6QGf65sj5xa-eDmw
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【お問合せ先】メ~テレ事業 052-331-9966(平日10:00~18:00)
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