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【アーカイブス#106】角を曲がればいつも新しい何かが待ち受けている。デヴィッド・ドンデロが歌い続ける理由。*2020年9月

1971年、アメリカの非営利法人のCorporation for Public Broadcasting(アメリカ公共放送社)によって設立されたのがNational Public Radioだ。全米に900ほどある加盟局に番組を配信し、インターネット放送や加盟局のストリーミング・サービスの代行などを行なっている。現在はNational Public Radioの頭文字を採ったNPRが正式名称となっている。
NPRのホームページを見てみると、「NPRはより情報に明るい人々を生み出そうという使命のもとに設立されたインディペンデントで非営利のメディア組織です。日々、NPRは電波やオンライン、そして個人的に何百万人というアメリカ人たちと繋がり、ニュースやアイディア、そして人間らしく生きるとはどういうことなのかを追求し、分かち合っています。加盟局のネットワークを通じ、NPRは地域のできごとを国民的なものにし、国民的なできごとを地域のものにし、世界的なできごとをひとりひとりのものにしています」と、自分たちの立場や役割について説明している。

メディア・ネットワークのNPRは、政治や社会だけではなく芸術や文化に対してももちろん強い関心を示していて、音楽もさかんに取り上げている。音楽ファンの間で有名なのがタイニー・ディスク・コンサートで、「All Songs Considered」というNPRの音楽番組の担当者、ボブ・ボイレン(Bob Boilen)のオフィスのディスクをステージにしてさまざまなミュージシャンたちが演奏をし、それがインターネットを通じて配信されている。スタートしたのは2008年のことで、現在までにタイニー・ディスク・コンサートが行われた回数は恐らくは全部で1000回以上、全世界で数億人の人たちがこれまでにコンサートの映像を見たことになるのではないだろうか(今年の春からは新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、演奏はNPRのオフィスの中のディスクのそばで行われるのではなく、ミュージシャンたちがそれぞれ自分たちの場所での演奏を届ける「タイニー・ディスク・ホーム・コンサート」となっている)。
もちろんぼくもタイニー・ディスク・コンサートの大ファンで、この番組をYouTubeを通じてしょっちゅう見ている。大好きなミュージシャンが出演した時は嬉しくてたまらないし、それまでまったく知らなかった素晴らしいミュージシャンやグループもタイニー・ディスク・コンサートを通じてたくさん教えてもらった。

もう14年以上も前の話になってしまうが、2006年7月5日、NPRのウェブサイトに「All Songs Considered」のプロデューサーでホストの一人であるロビン・ヒルトン(Robin Hilton)の「The Best Living Songwriters」という記事がアップされた。2006年の夏、当時現役で活躍していた最良のソングライター10人をロビンが選び、選んだ理由を簡単に書いているものだった。選ばれた10人は以下のとおりだ。
1. Bob Dylan
2. Tom Waits
3. Paul McCartney
4. Bruce Springsteen
5. Vic Chesnut(2009年12月25日に他界)
6. Stephin Merritt
7. Sufjan Stevens
8. Aimee Mann
9. PJ Harvey
9人目まではみんなぼくの知っているソングライターばかり、ぼくの好きなソングライターばかりで、納得して記事を読んでいたのだが、10人目の名前を見て戸惑ってしまった。ぼくのまったく知らないソングライターの名前が挙げられていたからだ。
10. David Dondero

デヴィッド・ドンデロ? ロビン・ヒルトンがどうして彼を10人目のThe Best Living Songwriterに選んだのか、早速その理由を読んでみる。
「音楽の地図の上をどれだけ遠くまで辿って見てもこの男に出くわすことは滅多にないかもしれない。しかしわたしは彼をプッシュし続けていて、ほんとうに素晴らしいアーティストだとそのうち広く認められることを願っている。現在音楽を作っているソングライターたちの中の最良の一人としてしょっちゅう名前を挙げられるブライト・アイズのフロントマンのコナー・オバーストは、デヴィッド・ドンデロの非の打ち所のないサウンドを賞賛している(ドンデロの最新CD『South of the South』は、オバーストのレーベル、Team Loveからリリースされた)。アルバム・タイトル曲の『South of the South』は、ドンデロのベスト・ソングではないとしても、彼が編み出す奇妙な物語の歌の見事なまでの一例となっている」

もちろんぼくとしてはデヴィッド・ドンデロの歌を聞くしかない。そして彼の歌の世界に強く引き込まれた。しかしロビン・ヒルトンが「素晴らしいアーティストだとそのうち広く認められることを願っている」と書いてから、すでに14年。アメリカでもデヴィッドはまだかぎられた人たちの間でしか知られていないようだし、日本ではほとんど無名の存在のままだ。
そこで一人でも多くの人がデヴィッド・ドンデロの歌に耳を傾けてくれればいい、そのきっかけになればいいと、今回はこの連載で彼を取り上げることにした。ちなみにNPRのタイニー・ディスク・コンサートの関連で言えば、もちろんデヴィッドは2008年12月にそのコンサートに出演している。またデヴィッド本人は、ロビン・ヒルトンにThe Best Living Songwriterの一人に選ばれたことをあまりにもしょっちゅう引き合いに出されるのに辟易しているようで、「単なる一個人のセレクションにしかすぎない」と、クールに受け止めているようだ。

デヴィッド・ドンデロは1969年6月24日ミネソタ州ダルース(Duluth)生まれで、今年51歳。ミネソタ州ダルースといえばボブ・ディランが生まれたところだ。
10歳の頃にドラムスを始め、やがてはSunbrain、This Bike Is A Pipe Bombといったパンク/ハード・コア・バンドのメンバーとして活躍するようになったが、1998年にはソロとなってギターを弾いて自分の曲を歌う道へと進んだ。1999年にデヴィッドはデビュー・アルバム『The Pity Party』を発表し、その後現在までにライブ・アルバムやゴールデン・ヒッツ・アルバムも含めて全部で13枚のアルバムをリリースしている。最新アルバムは2020年に発表された『The Filter Bubble Blues』だ。興味のある人は彼のオフィシャル・サイトを訪ねて、いろいろとチェックしてみてほしい。

デヴィッドの歌や演奏を聞いていると、パンク/ハード・コアの世界からシンガー・ソングライターに転じたミュージシャンの音楽という印象が強い。アコースティック・ギターを弾き語っての演奏なのだが、同じスタイルでもフォークやトラディショナル・ミュージックをルーツとするシンガー・ソングライターたちとは一線を画している。ぼくとしてはデヴィッドにはイギリスのビリー・ブラッグと通じるものが強くあると思えてしまうし、彼を絶賛するコナー・オバーストやM.ワード(M.Ward)など、トラディショナル・フォークとは別の分野から登場してきた世代のシンガー・ソングライターたちとの共通項のようなものを感じてしまう。それでいてデヴィッドの歌を聞いていると、アメリカのフォーク・ソングの父と呼ばれるウディ・ガスリーの存在もどことなく浮かび上がってくる。

デヴィッドのほとんどのアルバムの曲は、フォークの伝統的なストラムやフィンガー・ピッキング・スタイルではなく、どちらかというとパンク的な味わいのある彼独特のギターの弾き方で奏でられていたり、ドラムスやベースが入ったバンド・スタイルで演奏されている。彼が愛用しているアコースティック・ギターもハンバッカーのマイクを付けたギブソンのハミングバードなので、かなりエレキ・ギター的なサウンドだ。
シンガー・ソングライターといってもあまりフォーク的なものを感じさせないデヴッド・ドンデロだが、2011年に彼が発表したアルバム『A Pre-existing Condition』は、異色作と呼べるものだ。フラット・マンドリンやドブロといった楽器が使われ、エリザベス・コットンの「Freight Train」やウディ・ガスリーの「Pretty Boy Floyd」、ジミー・ロジャースの「T For Texas」といったフォークやオールド・タイム・ミュージックの有名曲やボブ・ディランの1960年代前半の曲「Let Me Die in My Footsteps」、はたまたリトル・フィートの「Willin’」やニール・ヤングの「Don’t Cry No Tears」などを取り上げて歌っている。パンク/ハード・コア出身のデヴィッドが、シンガー・ソングライターとしての活動を続けるうち、もともとはそれほど興味がなかったかもしれないフォークやオールド・タイム・ミュージックに果敢に挑戦したかのように思える興味深い作品だ。

特筆しておくべきはデヴィッド・ドンデロのソングライティングの見事さで、それそれのアルバムはそれが作られるまでの数年間の自分の人生や生活が反映されていると本人が語っていたことがあるが、かといって私小説的なものではなく、自分の身の上に起こったできごとを語りながらも、それを取り巻く社会や世の中のことまでをも歌い込み、そこに時として強烈な風刺が込められたり、ユーモアやセンチメンタリズム、ない混ぜになった希望や絶望などで絶妙な味付けがなされたりしている。
考えてみれば、デヴィッドの歌詞の面白さが日本で紹介される機会がまったくないので、彼の存在がほとんど知られないままになっているのかもしれない。何とか最新アルバムの『The Filter Bubble Blues』の収録曲の歌詞だけでも全部翻訳して紹介できればいいのだが、そのアルバムの日本盤がどこかの会社から発売されたりしないかぎりそれは難しいだろう(その可能性はかぎりなくゼロに近い)。この連載も著作権の問題が絡んでくるので、歌詞の紹介や引用は最小限にとどめなければならないことになっている。日本で歌詞がほとんど紹介されることのないアメリカやイギリスのシンガー・ソングライターの歌詞対訳ができるページをインターネット上で作れて、面白い歌詞をどんどん紹介できるようになることを願うばかりだ。

デヴィッド・ドンデロ、51歳、パンク/ハード・コア・バンドのメンバーからアコースティック・ギターの弾き語りで歌うシンガー・ソングライターに転身してすでに20年。かつてThe Best Living Songwritersの一人と呼ばれた彼は未だによく知られる存在にはなっていないかもしれない。しかし彼はずっとBest Living Songwriterであり続けている。そして存在がよく知られるようになることよりも、自分の歌にちゃんと耳を傾けてくれる人たちが少なからずいるということ、い続けてくれるということの方がずっと大切なのだと彼はよくわかっているに違いない。そして彼は今日も次のThe Best Songを書き、明日その歌を歌うのだ。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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