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【アーカイブス#18】自称世界一背が高い男は21世紀のトルバドゥール *2010年11月

 今ぼくがとても気に入っているフォーク・シンガーの新しいアルバムが11月初めにアメリカで発売される。早速インターネットのCDショッブで予約購入をして、早く届かないかと首を長くして待ち続けている。でもあと二週間ほどはかかりそうなので、とりあえずそのフォーク・シンガーがこれまでに出した3枚のCDを、取っ替え引っ替えしながら繰り返し聴いている。

 そのフォーク・シンガーとはThe Tallest Man On Earth。ぼくが待ちわびている彼の新作CDは『Sometimes The Blues Is Just A Passing Bird』というもの。Amazon.co.jpでの予約受付の値段が890円なので、もしかすると4、5曲入りのEPなのかもしれない。いずれにしても彼の新しい歌を早く聴きたくてたまらない。

 実はこのThe Tallest Man On Earth、日本でも2010年の最新アルバム『The Wild Hunt』が、素晴らしい音楽を紹介し続けている仙台のインディーズ・レーベル、Moorworksから発売されているのだが、まだまだかぎられた人たちにしか知られていないと思う。
 まずはThe Tallest Man On Earthとは、いったい何者なのか、そのことから書いていこう。

 The Tallest Man On Earth、世界でいちばん背が高い男の本名はクリスチャン・マトソン(Kristian Matsson)で、1983年4月30日にスウェーデンはストックホルムから北西に300キロほど離れたところにあるダーラナ州レクサンドという町に生まれている。まだ27歳の若さだ。
 いきなりここでこんなことを書いてしまうのも興醒めだが、実はクリスチャンの身長は、5フィート7インチで、170センチぐらい。大男が多いスウェーデンでは小柄な方で、いつも小さい、背が低いとからかわれているから、敢えて世界一背が高い男というステージ・ネームを名乗るようになったのではないだろうか。

 クリスチャンは、最初はモンテズマズ(Montezumas)というバンドのリード・ヴォーカリストとして活躍し、バンドでも一枚アルバムを作っているが、やがてソロになり、2006年にスウェーデンのGravitationというレーベルから5曲入りのEP『The Tallest Man On Earth』を発表した。
 そして2008年の春には同じGravitationから10曲入りのデビュー・アルバム『Shallow Grave』が登場し、その年の後半にはボン・イヴェール(Bon Iver)と、そして2009年にはジョン・ヴァンダースライス(John Vanderslice)と一緒にアメリカをツアーし、アメリカの音楽シーンでもThe Tallesest Man On Earthは、俄然注目されるようになった。

 彼のアルバムを日本で発売しているMoorworksのウェブサイトには、次のような文章が載っている。
「2008年12月、ニューヨーク公会堂で Bon Iver の完売ライブに来た音楽ファンは、オープニングアクトなんてどうでもよいと思っていただろう。しかし、その夜そしてBon Iverのツアーの夜は違った。聴衆は忘れがたい特別な音楽に出会った ―The Tallest Man on Earth だ。The Tallest Man on Earth (Kristian Matsson)― にとっては初めてのツアーで、音楽ファンを虜にしてしまった。 2008年初旬に、The Tallest Man on Earth は素晴らし過ぎるデビューアルバムをリリースした。Pitchfork は Matsson を『真摯で、賢く、あたたかい、生まれながらのフォークシンガー』と賞賛した」
 ちなみにPitchforkとは、そういう名前のパンク・バンドもいたが、これはインディーズの音楽を取り上げるアメリカのとても信頼できるメディアのことだろう。

 かくしてアメリカでも評判となったThe Tallest Man On Earthは、2010年4月、アメリカのインディーズ・レーベルDead Oceansから二枚目のアルバム『The Wild Hunt』を発表した。アルバムのクレジットをよく見てみるとⓟとⓒはDead Oceanとなっているが、Gravitationの名前もちゃんと残っているので、本国のスウェーデンでは以前のCDと同じようにGravitationから出されているのかもしれない。
 そして今ぼくはすでに手に入れたこれら三枚のThe Tallest Man On EarthのCDを何度も繰り返し聴きながら、11月初めにDead Oceansからリリースされる『Sometimes The Blues Is Just A Passing Bird』の到着を待ちわびているというわけだ。

 The Tallest Man On Earthについて語られたり、書かれたりする時、必ず登場して来るのがボブ・ディランの名前だ。確かに彼の歌や音楽はボブ・ディランと、それも初期のディランととても共通性があるし、歌い方も歌詞や曲の作り方もよく似ている。しかしだからといって彼がディランの真似をしているということはまったくないし、50年後に登場して来た単なるディランのフォロワーということでも決してない。
 敢えて言うならば、ディランの音楽のエッセンスを吸収し、彼の音楽の豊かさに学び、その中から独自の音楽を作り、歌おうとしているコンテンポラリーな、いやそれどころか未来を切り拓いてくれるフォーク・シンガーなのだ。

 ぼくがThe Tallest Man On Earthのことをフォーク・シンガーと呼ぶことに抵抗がある人もいるかも知れない。自分で歌を作って歌っているからシンガー・ソングライターでもいいじゃないかと言われるかもしれない。でもぼくはThe Tallest Man On Earthの歌を聴いていると、どうしてもフォーク・シンガーと呼びたくなってしまう。
 話はちょっと脱線してしまうが、1970年代中期にジョン・サイモンのプロデュースで素晴らしいアルバムを二枚発表したレイチェル・ファロという歌い手がいる。彼女は二枚のアルバムを出した後15年間まったく歌わなくなってしまった。
 そのレイチェルの曲に日本の歌い手のよしだよしこさんが何年か前歌詞をつけて歌ったことがきっかけとなって、二人の交流が始まり、よしこさんの誘いでレイチェルは去年、今年と二年続けて日本に歌いに来るようになった。そして今年の10月、レイチェルが再度日本を訪れた時、ぼくは彼女にインタビューする機会に恵まれた。そこで彼女はとても興味深い発言をしてくれた。

「フォーク・シンガーとシンガー・ソングライターの違いってわかる?」と、レイチェルは問いかけ、「それは人々の音楽(People’s Songs)を勉強したかどうかの違いだと思う」と、自ら答を語ってくれた。「すでにある歌をいかに創造的に解釈して歌うのか、それがフォーク。トルバドゥール(吟遊詩人)の音楽とも言えるわね。だからわたしからするとジョーン・バエズやオデッタはフォークで、ジョニ・ミッチェルはシンガー・ソングライターなの。ボブ・ディラン? 彼もスタートはフォーク・シンガーだったけどね」

 The Tallest Man On Earthの歌を聴いていると、彼もまた「人々の音楽」ということにこだわり、それをよく勉強していることに気づかされる。旅や愛や生きることを歌う彼の歌は、自分の回りの人々の中に分け入ることから生まれている。
 それに彼のMySpaceを訪れて驚かされたのが、プロフィールの「影響を受けた音楽」の欄には、ボブ・ディランやベルベット・アンダーグラウンド、ニック・ドレイク、ビリー・ホリディ、スキップ・ジェイムス、ファイストなどにまじって、バスコム・ランスフォード、チャーリー・パットン、ドック・ボッグスといった、何とも渋いフォーク・シンガーやオールド・タイム・ミュージックのミュージシャンの名前が登場していたことだ。
 スウェーデンの27歳の若者がそうした音楽に熱心に耳を傾け、影響を受けて、自分の音楽の糧にしているとは、これはほんとうに奇特というか、頼もしいと言うか、彼こそはフォークの精神を確実に未来に繋いでくれると、心から嬉しくなってしまった。

 The Tallest Man On Earthの音楽は、基本的にはアコースティック・ギターの弾き語りで、これまでのアルバムはすべてレクサンドの自分の家の部屋で自宅録音されているようだ。曲によってはバンジョーが重ね録りされていることもあるし、バンジョーの弾き語りで歌っている曲やピアノの弾き語りで歌っている曲もある。
 You Tubeなどでも彼が歌っている映像はいっぱい見ることができる。ギター一本の弾き語りでも、とても力強い演奏で、ライブも動き回ってかなりエキサイティングだ。もしかするとジャンブもしたりするのではないだろうか(ぼくとは違って、それはないか)。

 The Tallest Man On Earthの歌、何のインフォメーションもなしに聴くと、彼がスウェーデン人だと思う人は絶対にいないだろう。その歌い方も発音も歌詞も、英語を母国語としている人だと誰もが信じて疑わないだろう。しかも詩的で深みのある歌詞の作り方など、その見事さはどうしても初期のディランと比べたくなってしまう。
 例えば最新アルバム『The Wild Hunt』の中のぼくのお気に入りの曲「Troubles Will Be Gone」でThe Tallest Man On Earthは、「遥か遠くまで見渡せる丘に立てられた標識が教えてくれる/「道があるなら引き返せ」と/今日という日は決して終わることはないが/眠る場所が闇に包まれることはない/だから抱え込んだ厄介ごともいつかきっと消え去ってしまうよ」と歌い、「King of Spain」という曲では、「スペイン革のブーツを履いて/王冠をぐらつかせないようにしよう/フラメンコが奏でられているうちに/ぼくは別の方に寝返るかもしれない/きみにぼくの新しい名前を思いつくことができ/ぼくの日々の流れを変られるなら/ぼくはスペインの王様になりたいな」と歌っている。

 The Tallest Man On Earth、ギルドの小さなギター一本抱えてふらっと日本に歌いに来てくれないだろうか。嬉しいことに、Moorworksは自分たちがリリースしているミュージシャンをよく日本に呼んでくれることで知られている。
 もしかするとすでに計画は秘かに進行しているのかもしれない。近いうちにThe Tallest Man On Earthのライブが日本でも見られる、ぼくにはそんな予感がしてならないのだが…。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html


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