見出し画像

【アーカイブス#52】ローラ・ヴィアーズ *2013年9月

 1990年代の終りにソロのシンガー・ソングライターとして登場して以来、これまでに10枚近くのアルバムを発表しながら、日本ではほとんど話題になることもなかったように思えるのが、今はアメリカの西海岸オレゴン州のポートランドを拠点にして活躍するローラ・ヴィアーズ(Laura Veirs)だ。
 1973年に生まれコロラドで育ったローラは、ミネソタの大学で地質学と中国語を学び、在学中に女性ばかりのパンク・バンドも結成し、卒業後は中国での長期にわたる地質学の調査旅行の通訳として働くなど、かなりユニークな経歴の持ち主だが、ユニークなのはその音楽もまたしかり。ソロとして登場してからのローラはいわゆるフォーク系のシンガー・ソングライターとしてその枠にはめられて捉えられがちだが、彼女の音楽はその枠をまるで気にしないというか、簡単に跳び越えてしまう自在さや奔放さに満ち溢れている。その自由で柔軟なローラの感性がぼくは大好きで、彼女のアルバムはずっと追いかけ、聞き続けている。

 ローラの最新作は今年の8月に発売された『Warp and Weft』(Bella Union LOVECD-276)で、1999年のデビュー作『Laura Veirs』から数えて9作目のアルバムとなる(ほかにもフォークやブルースのよく知られた曲をカバーした5曲入りのミニ・アルバムもある)。
 手もとに届いた『Warp And Weft』のジャケットを見て、まずはその和風な感じに驚かされたが、これはよく見ると折り紙のようで、そこには折り線が描かれているではないか。裏ジャケットにも、そして挿入されている歌詞カードの裏全体にも正方形の折り紙の折り線が描かれていて、歌詞カード裏の折り線の中にはミュージシャンたちの写真がちりばめられている。この折り線はどうやら鶴の折り方のようで(実はぼくはひどく不器用で、折り紙もまるでだめときている)、歌詞カードの端っこには折られた鶴のイラストもちゃんと載せられている。

 アルバムを聴いて行くと10曲目にはローラのオリジナルの「Sadako Folding Cranes」という歌が登場する。曲名を直訳すれば「鶴を折るサダコ」で、病院のベッドで願いをこめて千羽の鶴を折るサダコのことが歌われ、「This is our cry/This is our prayer」という言葉がコーラスの部分で繰り返されている。
 言うまでもなくこの歌は、1945年8月6日アメリカが広島に投下した原子爆弾で2歳の時に被爆し、小学6年生だった1954年の秋頃から体調不良に陥り、検査の結果白血病とわかって広島の赤十字・原爆病院に入院するも、それから8か月後の1955年10月25日にこの世を去った佐々木禎子さんのことが歌われている。
 入院してから半年ほどが過ぎた1955年8月に名古屋の高校生からお見舞いとして折り鶴が送られて来たのをきっかけに、禎子さんは鶴を折るようになり、「千羽鶴を折ると元気になれる」と信じてほかの入院患者たちと一緒に折り続け、折った鶴の数は千羽を超えた。もう千羽折ろうとしていたものの、彼女の病状は回復することなく、最後はお茶漬けを二口食べて、「ああ、おいしかった」と言い残して息を引きとった。ローラの歌では「彼女の最後の食事はお茶をかけた御飯だった」と、そのことにも触れられている。
 佐々木禎子さんは千羽鶴を折った少女として、そして広島の平和記念公園にある原爆の子の像のモデルとしても有名で、アメリカでも千羽鶴を折った少女の話はよく知られている。ローラがポートランドに移る以前に活動の拠点としていたシアトルの平和公園にも原爆の子の銅像がある。ローラはきっと以前から佐々木禎子さんと折り鶴のことを知っていて、いつか歌にしようとずっと思っていたに違いない。

 ローラ・ヴィアーズの最新アルバム『Warp and Weft』(縦糸と横糸という意味で、warp and weft、もしくはwarp and woofという熟語で基礎や本質という意味になる)には、「Sadako Folding Cranes」のほかにも、二人の息子を残して水の中深く飛び込むドロシーという女性のことが歌われた「Dorothy of The Island」という曲も収められていて、この曲のリフレインは「Motherless children have a hard time when their mother’s dead」という有名なトラディショナル「Motherless Children」の一節が使われている。直接的に子供のことが歌われていないにせよ、ほかにもこのアルバムには、冷たく厳しい今の時代の中で生き抜こうとする人たちに寄り添い、太陽や自然の恵みに感謝して生きる歓びを歌い上げようとする、大きな思いやりとポジディブな意志に満ちた歌が数多く収められている。そしてそれはこのアルバムがローラが妊娠8か月の時に録音されているということと決して無関係ではないだろう。
 我が子の誕生を待ちわびる中で作られたアルバムということになると、どうしても生まれて来る自分の子供への愛や祈りや期待が歌われることが多いが、ローラの場合はそれをもっと大きく普遍的なものへと、それこそあらゆる人々がしあわせでなければ我が子のしあわせもあり得ないといった宮沢賢治的な世界にまで広げられているようにぼくには思える(ちょっと拡大解釈し過ぎだろうか?)。

 歌詞カードの折り紙の折り線の中に収められたさまざまな写真の中にはとんでもなく大きなぱんぱんのお腹でエレクトリック・ギターを肩からかけているローラの写真がある。そして3歳ぐらいの男の写真もある。実はこのアルバムのレコーディング中にローラのお腹の中にいたのは彼女にとっては二人目の子供だった。ローラは2010年4月に最初の子供を出産し、『Warp and Weft』のレコーディングを終えた直後の2013年5月には二人目の子供を無事出産している。どちらも男の子で(長男がテネシー、次男がオズ)、彼女のアルバムのプロデュースやエンジニアリングをずっと手がけ、ドラムスやパーカッションも担当しているタッカー・マーティン(Tucker Martine)との間に授かった子供たちだ。
 そういえばこれはインターネットで見ることができるのだが、アメリカのNPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)のオフィスの中で行なわれるタイニー・ディスク・コンサートというぼくの大好きなシリーズ番組があって(ほんとうにディスクや棚がある小さなオフィスの中で演奏される)、その2010年3月10日のコンサートにローラが出演して、3人のミュージシャンと一緒に3曲演奏しているのだが、その時の彼女も臨月でお腹がぱんぱんだ。それでも彼女はそのぱんぱんのお腹の上にギターを抱え、それをがんがん弾きまくりながら、とても力強く思いきり歌っている。この映像を見た時、何ともすごいというか、これはかなわないなあと思ったことをよく覚えている。

 ローラの新しいアルバムには、R.E.M.のアルバム『Reckoning』やトーキング・ヘッズのアルバム『Little Creatures』のジャケットを手がけたことでよく知られるハワード・フィンスター(Howard Finster)のことを歌った「Finster Saw The Angels」(「フィンスターは夜も昼も飛んでいる天使たちの姿が見えていたのに/どうしてわたしには見えないの?」)やジャズ・ピアニストでハープ奏者のアリス・コルトレーン(Alice Coltrane)のことを歌った「That Alice」(「あのアリスが作った音楽の宮殿にわたしたちは耳を奪われた/ライブを見る機会は一度もなかったが、彼女のレコードを聴いて恩恵に浴している」)もあり、自分のアイドル(!?)を歌い上げることの中で彼女は自分自身の心の中を浮かび上がらせている。
 特にジャズ・ミュージシャンのアリス・コルトレーンのことを歌った「That Alice」は、どういうわけかエレクトリック・ギターが炸裂するニール・ヤングの曲のようなサウンドやリズムで、アリス・コルトレーンとニール・ヤングとが何の違和感もなく自然と結びついてしまうところが、まさにローラのとてもユニークなところだと、改めて感心させられてしまう。

 1960年代のフォーク・ソングで育ち、1970年代初めに大きな広がりを見せたシンガー・ソングライターたちの音楽に心を奪われた1940年代の終りに生まれたぼくのような人間にとっては、1970年代の前半に生まれたローラ・ヴィアーズの音楽は、同じフォークだ、同じシンガー・ソングライターだと言っても、やはり世代的にも感覚的にもかなり異なるというか、斬新なものを感じてしまう。だから受け容れられないというのではなく、逆にその違いがぼくにはとても面白く、そこからいろんな刺激を受けるし、多くのことを学ばされもする。
 ぼくが常々思っていることがある。音楽のいちばんおもしろいところ、いちばん素晴らしいところは、音楽の前で自分の心を開け広げさえすれば、歳や世代など関係なく通じ合うことができるし、共有もできるということだ。もしもある世代にしか通じない音楽、たとえば若い人たちにしかわからない音楽、あるいは年寄りにしか楽しめない音楽というものがあるのだとしたら、それはよくない音楽、だめな音楽、少なくとも閉じた狭い音楽のような気がぼくにはする。

 最初にも書いたようにローラ・ヴィアーズは日本ではまだまだ知名度が低いようだが、何か一枚というなら、まずはこの最新傑作『Warp and Weft』に耳を傾けてほしい。そして気に入ったら彼女の以前のアルバムにも遡って行ってみてほしい。アルバムごとにかなり違った印象を受けるので、それもまた楽しみだと言える(ちなみに2011年の前作『Tumble Bee』は子供たちの歌を集めたアルバムだった)。老若男女を問わず、日本のもっとたくさんの人たちの間でローラの素敵な歌の数々が聞かれますように!! 

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

midizineは限られたリソースの中で、記事の制作を続けています。よろしければサポートいただけると幸いです。