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【アーカイブス#23】また出会ったよ。カナダの素敵なシンガー・ソングライター。ダグ・ペイズリー *2011年4月

 フォークやロックなど外国のポピュラー・ミュージックを熱心に聞くようになってからもう50年になるが、かなり早い頃からぼくはカナダのミュージシャンの音楽に強く心を引きつけられていた。そんなぼくのカナダの音楽への偏愛というか、カナダ音楽好きは今もずっと続いている。
 古くはイアン&シルヴィア 、ゴードン・ライトフット、バフィ・セント・メリー、ザ・バンド、ニール・ヤング、ジョニ・ミッチェル、レナード・コーエン 、それからブルース・コバーン 、マレー・マクラクラン 、デヴィッド・ウィッフェン 、トニー・コジネック、ケイト&アナ・マクギャリグル 、もっと最近になってジェーン・シベリー、k.d.ラング、カウボーイ・ジャンキーズ、サラ・マクラクラン、はたまたヘイデン 、ロン・セクスミス 、ブルー・ロデオ、ダニエル・ラノア、キャスリン・エドワーズ 、メアリー・マーガレット・オハラ、ルーファス・ウェインライト にマーサ・ウェインライトなどなど、ぼくの好きなカナダのミュージシャンの名前を挙げて行ったら、それこそ枚挙に遑がない。一時期はカナダのミュージシャンやバンドというだけで、アルバムに手が伸びるという、まさに病気か中毒のような状態になっていたこともあった。同じカナダ音楽好きの人たちと一緒にカナダ音楽愛好会のようなものを作ろうかと真剣に話し合ったことすらある。

 どうしてぼくがこんなにもカナダの音楽やミュージシャンが好きなのか、それはちゃんと分析すれば答が出てくると思うが、それは雪の世界が魅力的とかそんなことではなくて、恐らくはアメリカの隣で、アメリカの強大な音楽シーンの影響を受けつつも、メインストリームに批判的な、どこかオルタナティプな姿勢や視点を持って音楽を作り出している人が多いからだと思う。いささか乱暴すぎるきらいがあるとしても、ぼくはカナダの音楽やミュージシャンたちの中にとてもかっこいい「反骨精神」を見て取ってしまうのだ。

 もちろん最近でもぼくのカナダ音楽熱は冷めず、日本ではほとんど知られていないように思える、キップ・ハーネス、ジョエル・プラスケット、ダニー・ミシェル、ジム・ガスリー、ホークスリー・ワークマンといったカナダの新しいアーティストたちのアルバムにせっせと耳を傾けている。
 そしてまた一人、とてつもなく素晴らしいカナダのミュージシャンと出会った。ダグ・ペイズリー(Doug Paisley) というトロント生まれ、トロント在住のシンガー・ソングライターだ。生年は不詳だが、恐らくは30代前半あたりではないだろうか(もしかするともっと若いかもしれない)。

 ぼくがダグ・ベイズリーの音楽を知ったのは、2010年にニューヨークのインディーズ、NO QUARTERからリリースされた『Constant Companion』(NOQ025-2)というアルバムによってで、新しいカナダのシンガー・ソングライターということで気になってAmazon.co.jpで手に入れ、アルバムを聴いたとたん、渋くて素朴、それでいて滋味に溢れ、とても奥深い音楽にすっかり心を奪われてしまった。『Constant Companion』は、ダグのセカンド・アルバムで、すぐに2008年にやはりNO QUARTERからリリースされた彼のファースト・アルバム『Doug Paisley』(NOQ017-2)も手に入れたことは言うまでもない。

 『Constant Companion』は、悲しみや喪失感、恋慕の思いを歌うダグの言葉がまっすぐ聴き手の心の中に飛び込んで来る作品で、アコースティック・ギターを弾きながら歌う彼の切なくもあたたかい歌声のまわりを、必要最小限の音、ドラムスやベース、そしてキーボードが包み込んでいる。2009年3月と2010年3月に行なわれたレコーディング・セッションには、ブルー・ロデオのバジル・ドノヴァン(ベース)のほか、ロブ・ドレイク(ドラムス)、ロビー・グランワルド(キーボード)、アフィー・ジャーヴァネン(ギター)、ダーシー・イェーツ(ベース)といったミュージシャンが参加しているが、特筆に値するのが4曲でキーボードを弾いているガース・ハドソンで、その音、そのフレーズを聞けば誰もがすぐに「あっ、ザ・バンドのガースだ!!」とわかってしまう。その演奏がまたダグの歌にぴったり合っていて、ほんとうに素敵だ。
 ちなみにダグはダニエル・ラノアのライブに行った時、そこでソロ・セットで演奏していたガース・ハドソンに強く感銘を受け、その後知人を通じてダニエルと知り合った時、そのことを伝えると、彼がダグをガースに引き合わせてくれたということだ。
 また「Constant Companion」の多くの曲は、ダグと女性シンガーとのデュエットで歌われていて、それも実に魅力的だ。広く世界で知られるようになったレスリー・ファイスト 、ダグのトロントでの音楽仲間のジェニファー・キャッスル、パイニング(Pining)のジュリー・ファウトの三人の女性シンガーが、それぞれ2、3曲ずつダグとのデュエットを聞かせてくれる。

 遡って聴くことになったダグ・ペイズリーのデビュー・アルバム『Doug Paisley』も、『Constant Companion』と相通じる内容で、その第一作を出発点にしてダグが自分の音楽をとても自然に、着実に発展させていることに気づかされる。デビュー・アルバムがレコーディングされたのは、2008年2月のことで、こちらのセッションにはダーシー・イェーツ(ベース)、キーラン・アダムス(ドラムス)、スチュー・クルックス(ペダル・スティール・ギター)の三人が参加し、多くの曲で女性シンガーのシモーネ・シュミットがダグと一緒に歌っている。

 ダグの二枚のアルバムに耳を傾ければよくわかるように、彼はフォークやオールド・タイム・ミュージック、そしてカントリーの影響を強く受けて自分の音楽を培って来ている。
 何年も前、ダグがトロントの音楽シーンに登場して来た時は、Live Country Music、はたまたThe Stanley Brothers : A Loving Tributeと名乗ってカントリーの名曲の数々をカバーしていたようで、その後か、それと併行してか、チャック・アーリックマンと共にRussian Literatureという二人組でも活動し、やがては女性画家のシャーリー・ボイルと共にDark Hand and Lamplightと名乗り、ボニー・“プリンス”・ビリーのオープニングを務め、トロトン以外でもその存在を知られるようになっていった。
 Dark Hand and Lamplightのステージは、ダグがアコースティック・ギターを弾いて歌う隣りでシャーリーがライブ・ぺインティングをするというもので、ダグのファースト・アルバムのジャケットにはシャーリーのアートワークが全面的に使われているので、それを見ると二人のステージがどんなだったか何となく想像がつく。

 派手やかな音楽に慣れている人にはとても地味に思えて、最初はちょっと物足りなく思えてしまうかもしれないが、ダグ・ペイズリーの音楽は聴けば聴くほど味わい深くなり、その世界にどんどん引き込まれて行ってしまう。地味は、実は滋味なのだ。これはひとえにダグがひとつひとつの歌を正直に丁寧に、心を込めて作り上げ、出来上がったその歌を、決して派手に飾り立てることなく、必要最小限の音を用いて聴き手に届けようとしているからだろう。歌の基本、音楽の基本を知るダグの歌は、流行などまったく関係なく、時代を超えて伝わり、赤心の歌を今必要としている人たちの心の扉をそっと優しくノックしてくれる。

 とにかくダグ・ペイズリーのアルバムを手に入れて何度も繰り返し聴いてみてほしい。素晴らしいことは絶対に保証するが、どうかなと疑っている人は、まずはYouTubeでも、

 などいろいろ見ることができるので、ぜひチェックしてみてほしい。見ればきっとアルバムがほしくなるはずだ。

 ダグ・ペイズリーは今やカナダだけでなく、アメリカやイギリスでも注目され、さまざまなメディアに彼の記事やアルバム・レビューが載っているが、それを読んでみると多くのレビュアーやインタビュアーが、彼の音楽を1997年に52歳でこの世を去ったテキサスのシンガー・ソングライター、タウンズ・ヴァン・ザントの名前を持ち出して語っていることに気づかされる。
 確かにタウンズの音楽とダグの音楽とは、その誠実さや滋味さなど、大いに共通するものがあるとぼくも思うが、それ以上にぼくがダグの音楽を聴いていて思い浮かべたのは、同じカナダの、それもトロントをベースに活躍する32歳のシンガー・ソングライター、ジャスティン・ラトレッジ(Justin Rutledge) のことだった。
 カナダ好きのぼくとしては、ダグ・ベイズリーを知る何年も前、ジャスティンが2005年にデビュー・アルバム『No Never Alone』をリリースした時、それをすぐに手に入れ、その歌に夢中になり、その後最新作の2010年の四作目『Early Windows』まで、彼の歌は熱心に聞き続けている。


 もちろん二人の音楽性やスタイルなど、それぞれ個性的で一緒くたにするようなものではないが、音楽の誠実さや余計な虚飾を峻拒する歌ということで、ぼくは二人の音楽に何か相通じるものを見てしまう。
 恐らくダグとジャスティンは同じトロント、しかもほぼ同世代ということで、知り合いなのかもしれない。しかしきっとすごく仲がいいか、すごく仲が悪いかのどちらかなのかもしれない。何となくそんな気がする。
 ジャスティン・ラトレッジの音楽もほんとうにいいので、今度機会を見つけてこの連載で彼の音楽のこともしっかり紹介したいと思っている。

 最後にダグ・ペイズリーの二枚目のアルバム・タイトル『Constant Companion』(変わることのない仲間)の由来や、ちょっと不思議なジャケット写真のことにも触れようと思ったが、この文章を書いている段階では、どこを探してもそこに触れられている資料を見つけ出すことが出来なかった。いずれわかった時は、改めてお伝えしたいと思っている。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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