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 外で酒を飲んでいない。もう二ヶ月近くも酒場に行っていないのだ。この連載を書くという意味では、商売上がったりである。ただ、最近は通常営業に近い店もそこそこ増えてきて、盛り場の風景も少しだけ戻ってきた感も無いわけではない。しかし、酒を飲みに出かけてはいない。外で飲むことがイベント的になってしまうのがどうも嫌だ。もちろん現在営業している店を応援はしたいが、普通にいつものように飲めればいいと思っているだけで、よく行く町の中華屋で昼間一本のサッポロラガーに焼餃子、そんな何気ない日常に戻るまで、おそらく外に飲みに行くことは無いかも知れない。寂しいものだ。たったそれだけの些細な悦びと時折の半ば習慣とも言える行為が失われたのだ。いや、奪われたのか。
 ライヴも自分から積極的にはブッキングしていない。もちろん誘われてスケジュールが合えば参加している。8月の最初には久しぶりにロンサム・ストリングスのライヴもあり、感染対策上満席とは言えないが、チケットはすぐに売り切れ、多数のお客さんに集まっていただいた。感謝である。このような状況になって、よりシンプルに嬉しく喜びを感じる。やはり生の演奏をその場に足を運んで下さった方々と共に楽しむことが、いかに面白いことかと長年やってきたにも関わらず、この当たり前の単純なことを再確認させられ、初心忘るべからず、が身に沁みる。そんな普通のことに愛おしささえ伴う感慨もある。
 だがこんな状況でも、もう活動5年目に突入した私がリーダーを務めるバンド、ホープ&マッカラーズは割とコンスタントにライヴを重ねることが出来ている。元々このバンドは気軽なセッションから始まった。旧知のライヴ・バー、阿佐ヶ谷SOUL玉Tokyoで、何かやってくれ、と言われメンバーを集めたのが始まりだが、私の思惑を察知してくれながらも、おそらく違う方向に自然にあるいは面白く意図的に持って行ってくれるであろうメンバーがすぐに思い浮かんだ。だからチュービストが二人いるというのは、コンセプトでは無い。とは言え、Taj Mahal / Real Thing のジャケット見開きのステージ写真が脳裏に浮かんだ。
 ごく簡単にメンバー紹介。
 旧知の関島岳郎 (tuba, recorder)。かれこれ30年の付き合いで、数知れず色々なことをご一緒しているが、いつも世話になっているばかりだ。ただ周りにはそういう方々は少なく無いと思う。私が関島さんの世話をしたことは多分無い。
 そして高岡大祐 (tuba)。最初に一緒に音を出したのはそんなに昔では無い、10年くらい前か。ただその時、彼とはこの先も音を紡いで遊びたい、と思ったのだ。高岡君リーダーのDeadman’s Liquorには私も参加している。馬力半端ないバンドだ。 
 それから北山ゆう子 (drums, chorus)。ゆう子さんとはまだ10年は経っていないか。綺麗な音だな、と思っていたら、突然とんでもない角度で予期せぬタイミングで無邪気に切り込んでくる。私には無い時間と空間がそこにある。
 そして皆、崩壊したり爆走したりする時は楽しくて笑ってしまうのだが、美しく儚い瞬間が必ずある。まだまだ私がそこをうまく抽出出来ているとは言い難いかも知れないが、それは己を磨け、ということだな。

 という4人のホープ&マッカラーズだが、昨年の夏くらいから千葉県は柏のナーディスという所謂ジャズのライヴハウスでのブッキングが増えてきた。ただその夏の東京は緊急事態宣言下ではなく、千葉県はさらに緩かったので今にして思えばコロナ禍だったのか、という気さえするが、つい昨年のことだ。この店に出演するのはおそらく十数年前の酒井俊さんの小編成以来で、その話をマスターの小峰さんとしたのだが、お互いその時どういうメンバーだったのかは思い出せずじまいだった。
 実はこの柏という街は私にとっては思い出深い。高校生の時、初めて出演したライヴハウスがこの柏だった。ナーディスとは駅を挟んで反対側だが、かつてクレイジーホースという店が駅から数分のところに有った。螺旋階段を上がった二階、30人程で満員だったと記憶する。友人や先輩も出演していたので、何かと足を運んだ。当時は地元のバンドが集まってノルマのチケットを売りさばいて、公民館や公会堂でコンサートを行い演奏を披露することが高校生バンドの活動だったが、結局ノルマは果たせず、数千円の自腹になってしまうことがほとんどだった。だから演奏でギャランティをいただいたのもこの柏クレイジーホースが初めてだったのだ。まだ高校生バンドの出演は殆どなかったと思うが、幸い同級生の兄貴のブルースバンドに誘われ運良くライヴハウスデビューとなったわけだ。その後私が大学に進学した頃には、柏にディスク・ユニオンが出来た。通学帰りに御茶ノ水や新宿の輸入・中古レコードの店にはよく寄っていたが、やはり最寄りに出来ると嬉しくなる。当時住んでいたのは松戸だが、バンド仲間は野田や流山に多かったので何かと柏に足を運び、駅ビル(当時は高島屋だったか)の中の小さなディスク・ユニオンでとあるレコードを所望した。ディランの新譜(インフィディル)ありますか?との問いかけに、答えは、デュランデュランですね、だった。暫くはユニオンには行かず、新星堂に行くことにした。
 それからしばらく経ってからだが、パパ・ウェンバのコンサートを観に行った事があった。柏駅東口のペデストリアンデッキ(確か日本初だったか)下のターミナルからバスに30分ほど揺られた場所にある大学の学園祭のゲストだったのだ。手作り感溢れるテントの中での公演だったが、むしろそれが良かった。演奏はダイレクトで何よりとんでもない声だった。ステージでは豪快な動きだったが、少しの雨で会場の導線がぬかるみ、皆あの派手な衣装を汚さないようにちまちまと移動していたのが、なんとも微笑ましく、そしてもちろん丁寧に靴の泥を拭うことも怠ってはいなかった。ただ残念ながら、その学校のことは名前すら覚えていない。(検索してみたら、パパ・ウェンバ&ビバ・ラ・ムジカの初来日が1986年でその時は武蔵野市民文化会館で観ているのを思い出した。ということはそれより後だったのだろう。いや待てよ、これは記憶違いかもしれない。同じ頃ザイコ・ランガ・ランガも来日したのだ。)

 最近では柏まで車で行く事が多い。外環道もしくはその下の国道で三郷まで行き、流山橋を渡り、鰭ヶ崎駅付近を抜け、水戸街道に出る。自分が知る流山付近の風景はだいぶ変わってしまったのだが、ところどころに記憶を呼び起こさせる道や建物があり、懐かしみを感じていると街道で渋滞、というのが毎度のことだ。車なので、ナーディスではコーヒー。珈琲と煙草で曲順を決める。この行為はいつもワクワクしながらに落ち着く。

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 酒場のセッションから気軽に始めたバンドなのでカバー曲が多い。レパートリーは以下。興味を持つ方もおられると思うので、とりあえず列挙してみよう。
 Good Morning Little Schoolgirl (Sonny Boy Williamson 1)、I heard it though the Grapevine (Marvin Gaye)、Tintinyana (Dollar Brand)、Space is the Place (Sun Ra)、Maggot Brain (Funkadelic)、The Moon Struck One (The Band)、Lawns (Carla Bley)、America (Simon&Garfunkel)、Brown Rice (Don Cherry)、At Last I am Free (Chic)、Black & Crazy Blues (Roland Kirk)、Rajamati Kumati (Nepal Trad)、Mary Hartman, Mary Hart (Charlie Haden)、The Way We Were、Tennessee Waltz、Batak Hymn (Sumatra Trad)、Dino (大原裕)、Cherokee Louise (Joni Mitchell)、Natural Anthem (Jesse Ed Davis)、高岡大祐オリジナルで Flowers、Ramble Dance、私のオリジナルで Arad、candela、二十世紀旗手、Sisters。

 そしてYoutubeは以下。

 まずは一番最近で2021/08/04@柏ナーディス。Dino (大原裕)

 2021/05/15@柏ナーディス。Lawns (Carla Bley)

 そして、2018/11/21@阿佐ヶ谷SOUL玉Tokyo。Space is the Place ~ Maggot Brain (Sun Ra~Funkadelic) この曲を初めて取り上げた時の演奏。

 どの曲もそうだが、長尺だ。構成が決まっているものも少なくないのだが、一曲最低10分にはなってしまう。このコロナ禍でライヴの演奏時間は少し短めにしているので、2ステージで6曲という事が多い。

 音源だけだが、SoundCloudにもある。以下を参照されたし。

 ホープ&マッカラーズ、次回のライヴは一応9月22日@水道橋、壱岐坂ボンクラージュが決定しているが、緊急事態宣言の延長如何かも知れない。 

 カバー曲が多いのは当初はパブロック的な場の面白さにもあやかっていたのだろう。そんなパブロック発祥のロンドンのHope & Anchorを捩って名前を付けた。McCullers はカーソン・マッカラーズの事。邦訳で何度も読んだ好きな小説が3つあって、そのうちの一つが『悲しき酒場の唄』(The Ballad Of The Sad Cafe) 。なんとも寂しく遣る瀬無くなり、人間が露わになる。それでも酒場が好きなのだ。だからそういうところで奏でられる音楽も飾らず面白くありたいというだけの事だ。
 そろそろ音源リリースも考えるとしよう。

桜井芳樹(さくらい よしき)
音楽家/ギタリスト、アレンジやプロデュース。ロンサム・ストリングス、ホープ&マッカラーズ主宰。他にいろいろ。
official website: http://skri.blog01.linkclub.jp/
twitter: https://twitter.com/sakuraiyoshiki

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