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自分を加減していたこと

 「今日やろう」が「明日やろう」になり、「明日やろう」が「今度やろう」になり、「今度やろう」を置き去りにして忘れていく生活を続けて、何だか忘れている気がするな、でも思い出せないな、っていう繰り返しでひたすらそのまま忘れ続けて。それなのに、お気に入りのワンピースを着てルンルンしていた日、懐いていた年上の男の子に「お前デブだからスカート似合わん」と言われたこととか、左手で箸を持ってご飯を食べていたら「左ききの女の子は良くない」と言われたこととか、そういう小さく傷ついたことばかりはしっかりと24年間宝物みたいに連れ回してきた。

 子どもの頃は、何にでも興味があって、ひとつのことに夢中になって、ひとりの人に執着したり、かたつむりの図鑑を読みふけったり、そういう自由さが許されていて、自分でも許していた。外見がめちゃくちゃ悪くもなかったし、特別勉強しなくてもそこそこの成績をとることができた。

 私は、特別な人間ではなかったけれど、自分を特別だと思っていたので、いつも一番に可愛がられたかった。でも、もちろんそんなわけにもいかないので、自分のことを自分で特別だと思うことで解決していた。そのくらい幼い私は自己肯定感が高かった。幼い私は恵まれていた。「想像力がある」「感受性が豊か」と認めてくれる大人が多かったからだ。

 でも、物心がつくにつれ、私は自分を「加減する」ことを覚えてしまった。勉強で泣くほど困ったり、友達と大きなケンカをして孤立したり、そういう特に困難なことがなくすんなり大きくなって、それで、突然ひねくれた社会に出くわして、震えあがった。あ、塾に行ってる子よりテストの順位が上だったことは隠した方がいいのか。部活でレギュラーになれたことを全力で喜ばない方がいいのか。委員会に推薦されてもやる気たっぷりでのぞむより、少しやる気のない風に引き受けるそぶりを見せた方がいいか。英語で高得点とったことは言わないけど、数学で赤点とったことはネタにしようかな。とか。合唱のピアノ伴奏も、正直に言えば初見でほとんど弾けそうなものだった。でも、立候補はしなかった。先生が推薦してくれた時は嬉しかったけれど、同時にまわりの子からどう思われるだろうってハラハラしていた。

 人の目がとてつもなく気になるようになっていた。自分の外見が他人より劣ると思うと、恥ずかしくてうまく目を合わせて話すことが難しいと感じた。私ってミニスカートなんて履いていいんだっけ?こんな服着て、笑われない?全く平凡な人間なのに、人の目を引くような容姿でもないのに、私は変に目立つのを嫌った。あれ、こんな時、みんなどんな言葉で話をつないでいるんだろう、みんなどんな顔でいるんだろう、みんなこんな時はどんな風に笑うんだろうって考えていたら、私は周囲からみると全然楽しくなさそうに映る女の子になってしまっていた。そして、「好きなもの」を語ることが苦手になった。「好きな食べ物は?」「おすすめの本や映画は?」「休日は何して遊んでる?」そんなことに即答できなくなって、語れるくらい好きなものがたくさんあったはずなのに、次第に何も語れるものがなくなってしまった。

 そんなつまんない生活を自分でつくりあげてしまって何かがうまくいったかと言われればうーん、、、という感じである。結局、まわりから見れば私は「優等生」というくくりにいただろう。でも、私がその「優等生の私」を許せなかった。だから、ひねくれた。どんどんひねくれた。でも、根は結局真面目で面白みがないと自分で自分を評価するしかないのは分かっていた。

 

 社会人になった今はもう加減なんてしないし、加減している場合でもないし、自分が持っているものは全部出してでもどうにかしてうまくやって生きていきたいと思う。加減していた学生時代の私のことをかっこわるいと思う。もったいないとも思う。加減なんてせずに好き勝手やっていたらもっと今面白くなっていたかもしれないとも思う。でも、それと同時に、ぎりぎり不登校にならずに学校に通えたのは自分がある程度の加減をしながら学生生活を送っていたからだとも思う。私は、学校に実際に長期で行けなくなったことはなかったけれど(数日はあった)、でも、学校にいきづらくなってしまう人の気持ちは何となくわかる。同化しないとヤバい、と自分の本能が自分に訴えていた。必死でまわりにとけこもうとしていた中学時代は毎日毎日教室のドアが巨大な壁に見えた。

 今でも私は自分の真面目さや優等生キャラのようなものが嫌いだ。真面目だね、しっかりしてるね、優等生だ、と言われると、良い子だと言われ続ける息苦しさのような、もっとはっちゃけないとハブられるという不安のような、得体のしれない気持ちがわき上がる。ああ、こうして学生時代の自分は自分を否定して、自分が自分を一番許せずにいたんだなって思う。そんな気の持ちようですら優等生だ。うける。大人になった今でも、当時の気持ちがよみがえることがあって、自分を加減していたときのことを思い出す。もう、あの学校生活には戻りたくないな。苦しかったね。頑張ったね。でも、まあ悪くはなかったよね。


おわり。



ゆっくりしていってね