第7回MAW茶会レポート ゲスト:安里槙さん
マイクロ・アート・ワーケーション(MAW)のその後をゆるゆると追いかけるインスタライブ「MAW茶会」。静岡県内を旅してもらった「旅人=アーティスト」にお話いただく公開インタビューとして、昨年度はじめた試みです。
今回は、2024年1月26日(金)に開催した安里槙さんの回をレポートします!
安里槙さんと御殿場市
沖縄県出身の安里槙(あさと・しん)さんは、現在は千葉県を主な拠点とし、国内外で活動するアーティストです。光、水、風といった形のない自然現象に興味を持ち、自然の法則や人をとりまく環境・文化的状況について、身体感覚や空間知覚をもとに様々な手法で作品を制作しています。
普段から旅や散歩が好きで、このマイクロ・アート・ワーケーション(MAW)も、アーティストを「旅人」とするコンセプトや作品発表ではなく「交流」を軸にしたプログラムであることに関心を寄せ、応募してくれました。
安里さんが旅した御殿場市は、静岡県の東部に位置する人口約8万4千人(2024年5月現在)の地域です。富士山のお膝元であり、JR御殿場線だけでなく東京や神奈川、京都や大阪などとの直通の高速バスも運行されており、実は交通の便がよいことも特徴です。
ガイドブックに載らない御殿場
安里さんは、MAW滞在中の心に残ったエピソードを二つの切り口で共有してくれました。
一つ目は、ユニークな地域の人々との出会いについて。観光を目的としていたらあまり訪れることがなさそうな、住民の暮らしに根付いたお店での店主とのやり取りが印象的でした。
例えば「横山鶏卵店/ふるさとや」を切り盛りしているおかあさんは、鶏卵店にもかかわらず、店内の半分以上はおかあさんの趣味でセレクトされた品物で占められているそう。
セレクトされているのは御殿場市の名産品というわけではないけれど、おかあさんこだわりの”好きなもの”を”好きなように展示”している、というのがポイント。
「今では、卵は取りにきてくれる人にだけ売っている。「鶏卵店」より「ふる里や」の部分の面積のほうが広い。おかあさんのやっていることは、表現者の“それ”と変わらない(noteより)」と安里さん。
“表現”というと、“アーティストだからできること”と思われがちですが、わたしたち一人一人のこだわりや日々の選択もまた“表現”の一つであり、“その人らしさ”が宿るもの。
“その人らしさ”が面白いからこそ、MAWでは「旅人(=アーティスト)」たちの審美眼や嗅覚によって地域の人々の“その人らしさ”がどんどん発掘されていくことを期待したいと願っています。
一週間の不思議なコミュニティ
続いてのエピソードは、「旅人」同士やホストとの交流について。安里さん曰く、「たった一週間だけど不思議なコミュニティができあがっていた」とと表現してくれました。
美術家の安里さんと同時期に御殿場市に滞在したのは、俳優の櫻井麻樹さんと、キュレーターで文筆家の美音子さん。ゲストハウスを拠点に、昼は各々自由に街を歩き、夜は情報交換して、面白そうなスポットやイベントについて共感すれば一緒に見に行ってみる。(同じアートでも)ジャンルの異なる「旅人」の組み合わせだったからこそ、つかず離れずの不思議な関係性が生まれていたのかもしれません。
一方ホストを担ったのは、MAWをきっかけに同市近郊で活動するクリエイターによって結成された「富士山文化ハウス」。ライター、元映画館のゲストハウスを運営するオーナー、カメラマン、デザイナー、アーティストなど、クリエイティブで多様な面々がメンバーになっています。
中でも、建築設計事務所を運営する建築家であり、カフェ「Gotemba Apartment Store」のオーナーでもある森谷洋之さんとの出会いが刺激的だったと安里さん。
安里さんがMAWで滞在していたころは、オープンに向けた改修が進む段階だった「Gotemba Apartment Store」ですが、その中での森谷さんの仕事ぶりや、これから新しいコトが始まるワクワク感が、安里さんの創作意欲をかき立てたのかもしれません。
安里さんはMAW後も何度か御殿場を訪れ、森谷さんや「富士山文化ハウス」のみなさんと交流を重ねるうちに、「カフェがオープンしたらここで展覧会を開催したい」と、構想を温めていったのでした。(その様子は安里さんのnoteで!→ 安里槙 「御殿場 8,9日目 (また帰ってきた話)」)
みんなは見えていないものに目を凝らす
展覧会を企画する上で声をかけたのは、2021年度MAWの「旅人」の堀園実さん。
堀さんは静岡県出身で、現在も静岡市内在住ですが、同じ沖縄県立芸術大学で学んだ仲でした。安里さんがMAWに参加する前、「せっかく静岡県に行くならば」と堀さんに連絡したことをきっかけとなり、堀さんも展覧会に参加することに。
それに加えて、同大学出身のアーティストである丹治りえさんも2023年度のMAWで御殿場市に滞在することがわかったことから、安里さんは丹治さんにも声をかけ、三人のグループ展として開催することにしました。
一時でも、沖縄で同じ時間をともにしていた三人が、MAWというプログラムによってふたたび“静岡で”つながった、という偶然性が面白いです。
三人が作品制作の手がかりとして注目したのは、御殿場市から目の前にドンと佇む富士山です。実際に安里さんと堀さんの二人は富士登山に挑戦し、丹治さんへは沖縄からGoogleマップを使ったバーチャル登山を打診しました。そして、各々その富士登山での経験やイメージをもとに制作した作品群を、「Gotemba Apartment Store」の一角にあるギャラリースペースに展示しました。
安里さんは登山している間、標高によって異なる植物とその生態、そして“高木が生育できず森林を形成できない限界線”を意味する「森林限界」という言葉に触れ、御殿場という地域に根付く文化やコミュニティについて見つめ直そうと展覧会のタイトルを「beyond the Timberline / 森林限界を越えて」としました。
地元の人が「ここは文化不毛の地」と言う場面に遭遇したことが印象に残っていた安里さん。それを「森林限界」という言葉に重ねながらも、「旅人」から見ると地域の人たちには見えていない地域の魅力やここにしかない文化があることを伝えたかった、といいます。
「地域」と、まるっと一括りにしてしまうと見えなくなってしまうもの。それをあえて細分化し、解像度を上げていくこと。目を凝らすと「横山鶏卵店/ふるさとや」のおかあさんや、展覧会に足を運んでくれる人など、人の顔が見えてくる。この「目を凝らす」ことの重要性を、アーティストという人々は作品をとおして私たちに語りかけてくれるのです。
表現したい原動力の源にあるもの
展覧会はほんの数日間でしたが、安里さんが自ら地域に何度も通い、丁寧に企画したもの。その原動力の源には、御殿場市という地域の魅力がありました。
安里さんはその魅力を、「人々の再会」と「アベンジャーズ」の二つの言葉で表現しています。これは、一人ひとりの個性が際立ったアベンジャーズのような「富士山文化ハウス」というコミュニティが、何度も訪れたいと思わせる重要な要素になっていること、そして地域とはすなわちその地を構成する“人”であり、地域の魅力の究極は “人”の魅力であることを示唆しているのだと感じました。
実際に安里さんだけでなく歴代の「旅人」の多くが、MAWが終わった後も何度も御殿場市を訪れ、知人友人に「富士山文化ハウス」を紹介したり、地域の人と音楽のイベントを開催したり、有機的な関係性を継続しているのです。
MAWはそんな“人”の魅力に出会うプログラム。
「旅人」たちの残したMAWnoteの記事の数々は、まさに様々な人が集まった集合体である“地域”のデコボコした山肌を捉えたものです。(安里さんは「リターンズ」としてその後の記事もアップされています!笑 → リターンズ前半/リターンズ後半)
ぜひみなさんも改めてじっくり読んでみてください。知らなかった地域の一面に出会えることでしょう。
(プログラム・コーディネーター 立石沙織)
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