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クレーム



湘南方面へ相棒の柴犬ウェイクを助手席に乗せ久しぶりのお出掛けだ。
先週は連日深夜まで仕事があり、帰路に着いてもまともに相手をしてやらない日が続いていた。

先週梅雨明けした関東地方は30度を越え、慣れない暑さに犬人共々疲弊していたが、不思議とコイツとお出掛けをすると心も体も軽くなっている。

変わり映えしない八王子バイパスの景色を、妙に満足気なウェイクの横顔がサイドミラーに小さく映る。

予定していたよりも目的の予定が早く終わり、時計を見るとまだ16時を少し回ったくらい。せっかく湘南まで来たのに、直帰するのもつまらないと思い相棒と一緒に入れるカフェをスマホで検索する。

エアコンの良く効いた店内に入ると3匹のトイプードルが激し過ぎる歓迎をしてくれた。湘南海岸から2〜3キロ程内地に位置する為か店内には誰も居なかった。

おそらく外気温は35度近いだろう。相棒ウェイクも涼しい店内から出る気も失せ3匹と遊んだり、読書をしたりしているとあっという間に閉店の19時が近付いていた。

ベタついた体をキレイにして東京に帰りたいと思い、温泉に寄って東京に帰ることに決めていた。

「ゆっくり涼ませて頂きありがとうございました。コイツと一緒に涼めるお店中々無いので助かりました。少し涼しくなってきたので、この近くの温泉Aに寄って帰ろうと思います。」

この時間になりようやく相棒を車に待たせ温泉にでも浸かれそうな外気温になってきたので、ドッグカフェの店員にAという温泉に行ってアカスリをしようと思っている事を告げ店を出ようとすると、

「そこよりもBって所がいいですよ。ここいら地元の人はみんなそこが良いって言ってますよ。」

「ネットで調べたらAのアカスリが凄いらしく顧客満足度98%って書いてあったので、間違い無いかなぁと思っていたのですが、そんなにBって良いんですか?」

「地元の人はAでなく、Bに行ってるから絶対Bがいいよ!」

と、ドッグカフェの店員の猛烈な勧めにより急遽行き先をBに変更に。生憎、Bもここから車で10分程の位置だった。

顧客満足度98%をも凌駕する温泉に期待半分、猜疑心半分のままあっという間にBに到着。

思った以上に年季が入った外装で、夜で良く見えないがコンクリートもひび割れており、電飾看板は点滅していて、駐車場も3割程度の車しか泊まっていない。Bはどこにでもある様なレストラン、岩盤浴、小さなゲームコーナー、漫画などを備えたスーパー銭湯だった。

温泉に浸かりたいというよりも私の真の目的はアカスリだった。潔癖症気味の私は体がベタついたりしているのが酷く気持ち悪く感じる。

コロナ禍のマスク疲れで顔の筋肉が凝り固まっていたので、アカスリ30分にオプションでフェイシャル30分を付ける事にした。

普段は一番安い25分のアカスリ3600円のコースにする所だが、あれだけオススメされたお店だし素晴らしい接客と技術力に期待し1万円近くする贅沢なコースでお願いした。

アカスリコースの開始は30分後。この30分間の過ごし方がQOA(Quality Of  Akasuriアカスリの質)に大きく関わってくるのだ。まずはシャワーで体全体の汚れをしっかりと落とすが絶対にボディソープで体を洗ってはいけない。垢が出にくくなりQOAがだだ下がりになってしまう。

シャワーで汗を流すと次に温泉に浸かる。まずは高濃度炭酸泉で血管を開きジワジワと体の芯から温める。37度程度なのでそこまで温まる実感がある訳ではないが焦らないのが大切だ。8分が過ぎ、ここですぐさま入口付近にある冷水機へ急ぎ給水を行う。水分補給を怠るとせっかくの老廃物を出しきれず無念の想いに満ちた垢達を体に留める事になってしまう。何としてもそれだけは避けなければならない。

既に試合開始まであと15分と迫っている。試合開始の時間が刻々と迫ってくる。

露天風呂へ早歩きで移動し42度の温泉で一気に体を温めにかかる。他のお客様に迷惑をかけない様に場所を移動するふりをしながら内転筋、腹筋群横隔膜に刺激を入れ、腰を落として湯船の中を歩き、体側を伸ばしながら広背筋に刺激を入れる。

残り5分。
ここでもう一度最後の水分補給を入れ、ラストスパートは露天風呂横でスクワット20回腕立て20回を行いフィニッシュ。しっかり汗をかき、最高のパフォーマンスを出せる下準備を終えることが出来た。

地元民から圧倒的支持を受け、顧客満足度98%の温泉Aをも上回る温泉のアカスリに期待を膨らませる。

アカスリやフェイシャルエステといった高単価なサービスでこそ店舗の実力を発揮するとこれまでの経験で感じていた。

予約をした際の電話の受け答えでは日本人女性の方が丁寧に対応して下さっていた。ハイクオリティのスーパー銭湯では必ず日本人の方が丁寧にエステサロンの様な接客をしてくれる。特にアカスリだけでなく、フェイシャルまで付けた奮発したコースである。

そんな期待感を胸にアカスリルームへ入るとタイ人らしき50代後半と思われる太めのおばちゃんが骨盤を後傾させ、円背した背中からは気怠そうな印象を与えた。

嫌な予感…

「アカスリとフェイシャルデスね。フェイシャルからやるね。」

ベッドに仰向けになるとクレンジング用のクリームを顔に塗りたくられる。まるで子供が誕生日ケーキを作る時にクリームを塗る様な雑な手付きでムラの激しいクレンジングと呼べない様なクレンジングを20秒ほどで終えると熱湯で流される。

特にこだわりも無さそうなパックを雑に顔に乗せられその上からビショビショのマスクを装着される。苦しい…

「アカスリヤリマス」

「!??」

《ま、まさかこれでアカスリの倍以上もするフェイシャル終了??
まだ、2分くらいしか経ってないし、顔の筋肉緩めたりそういうの期待して1万円近く払ったんだぞ!!コレでフェイシャル終わりならクレーム言ってお金返して貰うからな!!》

心の中で暴言を吐いた。

アカスリが始まる。アカスリも至って普通で特に良い点が無い。

私は全てを諦めた。ここは大外れだった。そう言えば今日は仏滅だったし、旅に向いてる日じゃなかったのかもしれない。こんな日もあるし、人の言う事を無闇に信じた自分がいけないんだ。やっぱり顧客満足度98%のアカスリのお店に行くべきだったんだ。

でも、流石にフェイシャルコレで終わりだったらクレーム言おう。アカスリ代だけ支払ってフェイシャル代は払わないぞ絶対。貧乏人が奮発したんだ、それだけの対価が無いのなら支払う必要は無いぞ。なんなら、もっと酷い事いっぱいしてくれた方がクレーム言いやすいな。

パンツ履いてないのでタオルで大事な所隠してるけど、ちょっとズレてきて出そうになって修正しようとすると

「ウゴカナイデクダサーイ」

いや!!これは動くだろ!!動きますよ!!

説明したいが、ビショビショのパックにビショビショのマスクが口にまとわりついて喋りにくいのと日本語をそもそも理解しているかも怪しいので諦める。

アカスリルームは露天風呂へと繋がる場所に位置しており人の行き来が多い場所にある。コロナ対策で大きめのドアはフルオープンな為に一番手前のベッドに横たわっている私はかなりの視線を感じる。

せめて仕切りのカーテンを付けたり、してくれないと見せ物みたいで視線を感じる。既に楽しみにしていたアカスリもフェイシャルも早く終了することを祈ってしまっている。

アカスリ30分+フェイシャル30分の計60分のコースのはずだがこの様子だと最初の2分のてきとーな洗顔とパックだけでフェイシャル料金を取られそうだ。

時短をされたらフェイシャル分のお金は後でフロントでクレームを言って返してもらおう。と、再度決意をする。

アカスリもいい加減だし、日本語分からなすぎだし、ほぼ丸裸で部屋をオープンにしてるせいで、みんなから丸見えでゆったり出来ない所かソワソワする。

ここをめちゃくちゃ推したドッグカフェの店員さんも恨んだ。やっぱり顧客満足度98%の所に行けば良かったと後悔をもうアカスリ開始から5〜6回は繰り返している。

もう残りのコース中は温泉のスタッフを不快にせずに改善を図る気持ちになる様なクレームの上手い言い方だけを考えて過ごそう。

そんな事を考えていると

「シッカリノバシテヒザ!!」

カタコトの日本語で膝を伸ばす様に言われ、手でビシッと叩かれる。

高級エステをイメージしていただけに腹が立って来た。

アカスリが終わると

「ザッバーーーーン!!」

「痛てーーー!!」

昭和のドッキリとかでよく使われるデッカい桶で水を浴びせられた。まるでバックドロップを喰らわせる様に脊柱を伸展させ広背筋や三角筋の力を使って一気に水をぶっかける。まるで牛や豚の水浴びだ。高級エステをイメージしていただけに苛立ちが募ってくる。

ここまでくるとドッキリでどっかからカメラが出てくるのではと思ってしまう。実はこのアカスリをしている人は女子プロレスの選手とかなら今までのことの辻褄が合う。

次はラリアットか何かが来るんではないかと変な期待をしてしまう。

「アシクビノバス!!」

「はいっっっ!!」

エステとは無縁な雰囲気になってきた。むしろパーソナルトレーニングに近い。何かそう考えると一気にヤル気が湧いてきた。

「ヒザ!!」

「はいっっっ!!」

「ヒジ!!」

「はいっ!!」

「ソウソウ!!イイゾ!!」

(やった!褒められた!)

「アッマタヒザ!!」

「はいっっっ!!」

「イイゾ」

(嬉しい)

「ヒジ!!」

「はいっ!!!」

「アシクビ!!」(パシン!)←めちゃ叩かれる

「イテッ!!」

「カタサゲル!!」

「はいっ!!」

「ムネハレ!!(指で肩の付け根をゴリゴリされる)」

「いでーーー!!」

「イダクナイ!」

「はいっっっ!!痛くないです!!」

こんな事を残りの30分ひたすら繰り返した。そう言えばみんなからほぼまる裸でフェイシャルコース受けてたんだった。そんな余裕も無さすぎて忘れていた。

デカい樽で水浴びたのと叩かれたおかげで体中皮膚が赤くなっていた。最後にまたデカい樽でバックドロップの様に背中を使い勢いよく水を浴びせられた。背筋強すぎ室伏広治か。

「ハイ、オワリネ」

「ありがとうございました!!最高でした!!」

「マタクルネ!」

「はいっ!またよろしくお願いします!」

起き上がると体が軽く、膝や肘が伸び姿勢が良くなっていた。アカスリもやってもらえてパーソナルトレーニングも同時に受けて姿勢も良くなり関節も伸びそれで1万円もしない。フェイシャルコースの事はすっかり忘れていた。

なんてお得なんだ!!ここに来て本当に良かった!!最高に清々しい気分だ!!

帰り際にアンケートBOXがあったので、一言だけ書いて帰った。

「最高!顧客満足度99%のお店!!」


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