見出し画像

正社員に向いていない

 たかが5時間、されど5時間。でもしんどいときは結構しんどい、それがわたしのアルバイト。繁忙の波がようやく過ぎていった頃、わたしは仕事の速度を若干落としつつ、1つ年下の女の子と気の抜けたふうに雑談をする。

「えっ『呪術廻戦』好きなの!?」
「好きですよ!でも何となく美咲さんと推し被っちゃってる気がします」
「それは待って、ごめんわたし同担拒否で」
「ですよね?ちょっと心配なんですけど」
「被ってる?えっとりあえず誰?誰が好きなの?」
「私は断トツで棘くんです」
「あっ良かった……!わたし伏黒、伏黒がすごい好き」

 束の間の緊張をどっとほどいて、わたしは胸を撫で下ろす。いちいちこういうことがあるから同担拒否は生きづらい。ひとまず楽しく語り合えるみたいで良かった。
 今日は忙しかったけど、久しぶりに会った彼女と他愛もない話で盛り上がれるのなら、わたしにとってはそれだけで時給以上に来た価値がある。


 彼女は明日も続けて出勤だそうだ。絶対に連勤をしないわたしは1年しか変わらないはずの若さに「すごいねえ」と感心する。
 いや、連勤を“しない”というより“できない”と表したほうがおそらく適切か。今日みたいな調子で続けて働くのなら、わたしの身体じゃせいぜい2日が限度だろう。そもそも連日家から出ること自体があまり好きじゃない。

 正社員とかつくづく向いていないんだろうなあ、と毎度感じる。

 疲れて帰路につく夜はすっかり衰えた脳みそが「家に伏黒いないかな」とか考え出すし、両脚は登山帰りの小鹿のようだ。翌朝の起床時刻だっていつもより1時間くらい遅れる。日中はちっとも作業に集中できず、何かを食べたい気さえ起きない。
 やわやわな赤ちゃんを抱き締めてふかふかなベッドで眠りについて、目が覚めたらお肌がサラサラになっていたい。果てにはそんな意味不明なツイートをタイムラインに垂れ流す。


 だから正社員の人たちは毎週5日間、きちんと働きに出ているだけで十分すごい。わたしより多く働いているアルバイトたちも同じくすごい。
 しんどくても疲れていても、それでも連日働ける時点でわたしは尊敬の念を抱く。わたしにはできないことをして、みんなの生きる社会をまわしてくれているから。

「会社のために」「世間のために」という働き方もわたしはできない。働くのならどこまで行っても「自分のために」働きたいし、社会じゃなくてわたし自身を成長させる仕事が良い。
 こういうことを採用面接の場で言ったら「弊社が貴方を採用するメリットは?」とか聞かれるんだろう。正社員どころかその1歩手前の就職活動にさえもわたしは向いていない。

 ただ1つ我ながら偉いなと思うのは、自分に合った働き方を既に理解できていること。この先もずっとアルバイトやらフリーランスやらで気ままに働き、最低限の収入だけで穏やかにのんびり暮らしていきたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?