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第3回 なぜクライミングジムに大型チェーンは存在しないのか

クライミングジムの経営・業界分析シリーズ第3弾。

第1回では、経営戦略の基本要素である3C(自社、競争、顧客)の内、競争(Competition)と顧客(Customer)に着目し、
・クライミングジム業界の競争環境や収益性はどう変わってきたか
・新型コロナウイルス感染症の影響も含め今後どうなるか
を、
第2回では、自社(Company)に着目し、
・クライミングジムという固定費ビジネスの理解
・固定費ビジネスで収益性はどう高めるべきか
・Withコロナの時代にジムビジネスはどの方向に進むのか
を論じました。

<第1回>


<第2回>


3回目となる今回は第1回に少し触れた「なぜクライミングジムには大型チェーンが存在しないのか」というテーマに立ち返ります。
というのもこのテーマを考えるには「クライミングジムは固定費ビジネスである」という第2回の知識がある程度必要なので、固定費という概念を説明した後の方がより深く説明できるからです。
第2回を読んでいない人もついて来られるように説明するので、今回の記事だけ読んでも十分楽しめるはずです。

全体の内容は、
・そもそもなぜ大型チェーンが存在する業界があるのか。「規模の経済」による説明
・クライミングジムで規模の経済が効きづらいのはなぜか
・クライミングジムに大型チェーンが誕生するとしたら、どのような形態なのか
となります。

 

クライミングジムのチェーン状況

まず現状把握をしましょう。
自身のブログ「Mickipedia」にて2020年5月時点でのクライミングジム軒数をカウントしたところ、全国で666軒となりました。
しかしクライミングジム業界で最も大型のチェーンはグラビティリサーチですがその店舗数は12であり、全666軒のジムの内わずか1.8%を占めるに過ぎません。(しかも過去16店舗はあったものを縮小)
その次はおそらくグリーンアローの9店舗であり、以下5,6店舗のチェーンジムがいくつか並んでいる状況です。

規模の経済:一般論

逆になぜいくつかの業界では大型チェーンが存在するのでしょうか。
例えば牛丼業界は主要3~4つの大型チェーンが全国に渡って存在し、(調べていませんが)上位4社で売上も店舗数もシェア8割以上には達しているでしょう。

大型チェーンの存在要因はいくつありますが、その1つは一般的に「企業の規模が大きいほどコスト競争力が生まれる」からです。
つまり(ビジネスモデルにもよるのですが)、企業規模が大きいほど利益率を高めることができるわけです。
このような効果を規模の経済(スケールメリット)と呼びます。

感覚的には、
"大企業で大規模に複数店舗展開しているほど競争力ありそうだよなー"
と皆さんわかるとは思います。
まずなぜ一般的に規模の経済が生まれるのか、大きく3つの理由を説明します。
その後、規模の経済はクライミングジムの複数店舗展開において現状なぜそれほど上手くいっていないのか、上手くいくとしたらどのような形態なのかを考えていきます。

①固定費の分散
規模の経済の源泉と言えますが、企業規模が大きいほど固定費そのもののを分散できます
(第2回でも説明しましたが、固定費というのは「売上の増減に関わらず一定額発生する費用」でした。クライミングジムなら家賃など)

例としてコーヒーショップを考えてみましょう。
ものすごい単純化して、このコーヒーショップは
・固定費:コーヒーマシンのリース代、毎月1万円
・変動費:コーヒーの原価、1杯100円
の2つのコストのみとします。

スライド1

この店では、コーヒーを何杯作っても1杯あたりの原価は変動費であり100円で変わりません(厳密には変わる!それは②③で書きます)。
ですが、マシンリースの固定費である1万円は、コーヒー1杯あたりで考えるならば、コーヒーを作れば作るほど薄まります(マシンの耐久性など無視)。
下図のように、
・毎月1,000杯コーヒーを作るとき:1杯当たり10円
・その10倍の毎月10,000杯コーヒーを作るとき:1杯あたり1円
となり、コーヒー1杯あたりのコストが9円も変わってくるのです。

スライド2

これが規模の経済の正体の1つ目であり、最も本質的なものです。


②売り手の圧力軽減(仕入れ先に対する交渉力アップ)
規模の経済の要因の2つ目は、規模が大きくなるほど、仕入れ先に対する交渉力(バイイングパワー)が上がり有利な価格で調達ができるということです。
第1回でお話しした5フォースに当てはめ、売り手の圧力が軽減されると捉えても良いです。

スライド2

せっかくなのでコーヒーショップで再び考えてみましょう。
単純化するためコーヒーの原価は全て豆だとすると、コーヒーショップは豆業者から毎月仕入れをします。
豆を毎月コーヒー1,000杯分仕入れるならば豆の価格は100円×1,000杯=10万円ですね。
しかしもし毎月10,000杯分仕入れるとしたら、豆業者がディスカウントしてくれる可能性は高いです。
仮に10,000杯分を90万円で売ってくれたとしたら、1杯あたりの原価を90円(固定費まで入れると91円)にまで下げられたことになります。

スライド3


これは豆業者側から見ても、複数店舗へ豆を卸す手間がまとめられるので美味しい話であり、値下げをする十分な理由になります。

現実にはコーヒーの原価は豆だけではなく、配送コストや人件費という形でもかかってくるため、規模の経済は更に色々なところで効いてきます。
配送も一遍に大量の豆を運んでしまった方がコストが低いので、規模の経済が効きます。
1店舗の仕入れ管理を1人でやっている店と、10店舗の仕入れ管理を1人でやっている店では、豆の仕入れにかかる人的コストは後者の方が店舗当たりでは下がるでしょう。

このように規模が大きくなると仕入れ先に対する交渉力が一般的にあがり、1商品あたりの変動費を(固定費も時には下がる)下げることが可能なのです。


③経験曲線によるコスト低減
最後は長年に渡り大量の商品を作ったり売ったりすることで経験が蓄積し、製造や販売が効率化されることによるコスト低減です。
このように蓄積された経験に応じてコストが低減する様子をプロットしたものを経験曲線と言います。
経験曲線を理論的に描くこともあるのですが、ここでは
”経験が溜まれば様々な場面において効率が上がるので、結果的にコストって下がるよね"
と捉えてしまってOKです。

コーヒーショップの例で押し通すと、ざっと思いつく限りでも経験が溜まることで以下のようなコスト減が考えられますね。
・1人の店員が同じ時間でコーヒーを作る量が増えて、店員の数を減らせる
・様々なミスが減ることによるコスト減(コーヒーを作るミス、マシントラブル、オーダーミス、等)
・新商品の開発スピードが上がり、結果的にコーヒーのコスト減
・新店舗を出す際のノウハウの蓄積による出店コスト減、等

一般的には規模が大きいほど経験の蓄積量も多いはずなので、これもまた規模の経済に繋がるのです。

 

規模の経済:クライミングジムでは効くのか

ここまでで、一概に「規模の経済が効く」と言ってもそれが、
①固定費の分散
②売り手の圧力軽減
③経験曲線
の大きく3つからなることがわかりました。
では、もしクライミングジムが複数店舗化する際にもこの3つがしっかりと効果を発揮してくれるならば、ジムも複数店舗化して大型チェーンとなればコスト競争力が増すはずです。
(大型チェーンが現状ない理由を規模の経済だけで説明するのはいささか乱暴であることは承知していますが、基本的な構造を見る強力な手法ではあります)

ここからはクライミングジム特有の話に入り、
・なぜクライミングジムで大型チェーン店ができないのか
・できるとすればどんな形態なのか

を規模の経済という切り口で考えますので、興味がある方は是非読んでいただけると嬉しいです。

 

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