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幻想小説 幻視世界の天使たち 第28話

銅鏡は何故仁の部屋からなくなったかと言う廣元の問いかけに仁が答えた。
「僕の部屋からではないと思います。兄が樹恩寺に戻す前に見せてくれと言って、自分の部屋に持っていきましたから」
廣元はキーボードに打ち込みディスプレイに「悟志は銅鏡に興味を示す」「銅鏡は悟志の部屋から持ち去られる?」と表示された。
「誰が持ち去ったか」と廣元が言った。
「コンバイでしょ」とセナが言った
「仁の家にコンバイの誰かが押し入って銅鏡を持ち去ったのか。でも仁の家には家族の人がいるでしょ。気が付かなかったのかな」と陵。
「確かに、母はいたし、そんな強盗が押し入ったような形跡はなかった」と仁。
「となると、悟志が持ち出した?」と廣元。
仁は少し考えてから、冷静な様子で言った。
「家の外に持ち出したのは兄です。理由はわかりませんが」
廣元がキーボードをたたくと、ディスプレイに「銅鏡は悟志が持ち出した(理由は?)」と映し出された。セナがその画面を見て言った。
「関係ないかも知れないけど、私、気になることがあって。何故、ミカちゃんは手紙で、北先生と相談するように言ってきたかがよく分からないのです」
全員がセナの方をじっと見た。セナは続けた。
「この前、仁からの私たち一族の話を聞いて、おじいちゃんがこの件のリーダーだと知って思ったのですが、それであれば、なぜ直接おじいちゃんのところに相談に行くようにと言わなかったのかと思うんです。確かに昔は北先生とミカちゃんは行動を共にしていたようですけど、ここ何年もこのことでコンタクトはとっていないようだし」
少し間を置いて陵が行った。
「確かに。なんか変だな。ひょっとすると、これは悟志さんが銅鏡を手に入れるための誰かの工作じゃないのか」
「工作?兄貴が誰かと共謀して鏡を手に入れようとしたということ?」仁が少し怒ったような顔をした。
廣元が言った。
「仁、ルールを思い出してくれ。決して人の発言を否定しないで欲しい」
仁は冷静さを保とうとするように言った。
「わかりました。確かに、僕もその点が気になっていたんです。子供の頃はともかくも、最近は兄もすっかり大学の講師業に身を入れているようで、この関係の話はしていなかったのに、急にミカさんが兄の名前を出したのは唐突のように思えます」
「あの手紙は、ミカちゃんが書いたものではないのかも」とセナが言った。セナは持って来たブリーフケースの中からミカの手紙を取り出して、目を凝らして眺めて、「何となく違和感がある」と言った。
「誰が書いたのだろう」と仁。
「その手紙を送って来たワンっていう人じゃないか」と陵
「なるほど、ワン教授が悟志に銅鏡の在りかを知らせようとして、偽の手紙をセナに送ったということが考えられるかな」と廣元。
「理由は?」と陵が言うと、「良く分からない」と廣元。しばらくして仁が言った「そのことはあり得るけど、理由は思い当たらないです」
廣元は続けて言った。「そうすると理由は良く分からないがワン教授が関わっていて、ミカの失踪についても知っている可能性がある」そういうと廣元はその文面をディスプレイに映し出した。
「次に、悟志が夢遊病状態になっていることについてだ。この状態をどう解決するかだ」と廣元が言うと、陵が「悟志さんの状態は仁の陥った事態と同じと見えた」と言うと仁が頷いた。
「僕もそう思う。兄も僕の見ていたパソコンの前で夢遊病者のようになっていた。パソコンのディスプレイにはコンバイの『魔境の伝説』が映し出されていた」
セナが「ということはそこからの脱出方法も同じね」と言うと「銅鏡の青い方の光をあてた……だね」と仁が受けた。
「そして銅鏡はどこかに持ち去られた」と稜が言って、お手上げという表情をした。そこで廣元が言った。
「そもそも、なぜ我々はこの樹恩寺の銅鏡を使ったかだが」
「おじいちゃん、忘れちゃったの。ミカちゃんの手紙にそういう指示があったからよ」
「では、この悟志の場合もミカに聞くしかないのではないか」と廣元が言うと、セナが「それじゃあ、また振り出しに戻ったということ?ミカちゃんは行方不明なのに」と返した。仁が言った。
「いや、ミカさんとユースフさんの行方を知っている人物がいる。もう皆、うすうす考えていると思うけど、最初のミカさんの手紙を送ってきたワン教授だ」
廣元、セナと稜が頷いた。仁が続けた。
「セナが、違和感があると思ったミカさんの手紙が、改ざんされたものか偽造されたものだったからではないかな。あの手紙によって銅鏡が兄貴のところに届けられることになった。そのことを画策したのはワン教授その人だと考えるのが妥当じゃないかな。それで、そんな手の込んだことが出来たのは、ワン教授の近くにミカさんとユースフ氏がいるからじゃないのかな。決めつけはできないけど」そう言うと仁は全員の顏を見回した。
「そう言えば、北先生は昔、学生の頃ミカちゃんとウリグシク大学でワン教授と会っていると聞いたことがあるわ」
皆、しばらく考え込んでいたが、やがて廣元が言った。
「それでは、次はワン教授と会って、ミカとユースフ氏の奪回と行こう」
その夜は、その後その奪回についてしばし作戦を話し合い、学生たちは家に帰ることにした。帰り際、「それにしても、なぜ北先生は幻視の世界に入って言ったのだろう」とぽつりと陵が呟いた。

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