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幻想小説 幻視世界の天使たち 第27話

セナが少し考えてから言った。
「もう一つ分からないことがある。どうして、私たち三つの家族だけで何百年も、その秘密を隠し守らなければいけないのかしら。そんな不可解で重大な秘密をわずか数人で守って行く義務を背負わされるなんて理解できない」
「確かに、セナがそう考えるのも無理はないと思う」
と仁が言った。
「僕もそう思う。しかしこれを代々継承し守ってきたのは、それぞれの家族のその世代で一人だけだ。その家族の長子であってもこれに関わることを拒むことも出来る。強制されるようなことはない。だから三家族の中から誰も受け継がなかったら、そこでその秘密の魔法も永遠に葬り去られてしまうこともあり得る」
「でも、その魔法の秘密を守ってきた事に意味があったのかしら」とセナが尋ねた。
「それがあるようなのだ。実際に過去この秘密を受け継いだ者は命を掛けてそれが悪用されることを防ぎ、他に秘密が漏れないようにしてきたのだ。きっと自然にそうせざるを得なかったのだと思う」
こんどは陵が仁に聞いた。
「俺が聞くのも変だけど、この秘密の魔法が悪用されたことってあるのかな」
「それは何度もあるらしい、元寇の時代から今まで百年に一回くらい、何故かこの秘密を嗅ぎ付け盗み出そうとしたり、試みようとしたりする者が現れたらしい。いずれも我々の先祖が立ち向かって事を収めたようなのだ」
陵が急におどけて言った。
「まるで特撮のスーパーヒーローだな」
仁がにこりともせずクールに続けた。
「そしてこの時代になってからは、国際的にそしてコンピューターの技術を駆使して秘密を盗み取ろうと言う輩が現れた。ミカさんも廣元さんから話を聞いて、いつしか秘密を受け継ぎし者として使命感を持って行動しているのだと思う」
セナはまだ納得できていないという表情で言った。
「一応、分かった。まだ分からないことがあると思う。また教えて」
「でも、これ以上は廣元さんに聞いた方が良いと思うよ。僕もこれ以上は知らないし。陵もでしょ」と仁が言うと、陵はまじめな顔をつくって言った。
「いやいや、何を隠そうこの南陵も色々知ってるぞ。セナが小さいときのこととか」
「関係ないでしょ」とセナは言って、二人を交互に見て「でも、まあこれからもよろしくね。いろいろと」と付け加えた。仁と陵が同時に首を縦に振った。
その時、仁の上着から携帯の着信音が聞こえた。仁が携帯を取り出すと、「あれ、兄貴からだ」と言って、携帯を耳に当てたが、すぐに「切れちゃった。何だろ。電話なんてめずらしいな」と言って携帯のボタンを押してもう一度耳にあてたが「呼んでるけど、出ないな」と言うと陵に「じゃあ、あとで軽トラたのむな」と言うと立ち上がると、軽く手を挙げ「じゃあ、帰る」と言って鎌倉研究会の部室を出て行った。
 一時間後に陵とセナが陵の運転する軽トラで仁の家に着いた。呼び鈴を押すと、顔を青くした仁が現れて言った。
「兄貴の様子が変だ。パソコンの前に座ってぼうっとしたままだ。意識が幻視の世界に行ってしまったようだ。銅鏡も誰かが持って行ったみたいだ」
 
その夜、樹恩寺の廣元のもとにセナと仁と陵が集まった。この前とは違って、今回は樹恩寺の境内にある廣元の住む庫裡に案内された。そこはごく普通の住居であった。廣元が鎌倉や横浜のアンティーク・ショップや古道具屋をこまめに歩いて探してきた調度品が置かれた部屋はそれなりに品のある雰囲気であった。
一人住まいの廣元は居間にテーブルとソファー、そして大きな執務用のデスクを置き、その脇にデスクトップのパソコンを置いていた。壁の本棚には、仏教をはじめ宗教関係の本や歴史関係の本がびっしりと置かれていた。そして、セナが驚いたのはそれらの本に混じってプログラミング関連の本があったことだ。そう言えばとセナは思い出した。廣元は樹恩寺の住職になる前には東京でシステムエンジニアをやっていた。警察や宗教法人関係の仕事をしていたと聞いたことがある。
僧衣から私服に着替えた廣元を囲む形で、ソファーにセナ、仁、陵が座り、樹恩寺から移動させた銅鏡が盗まれたこと、そして悟志が、仁が陥った状態と全く同じような状態になり意識が現実に戻らなくなってしまったことを話した。
廣元は三人の説明を黙って聞いていた。話を終えると仁が言った。
「銅鏡を持ち去ったのはコンバイの者でしょうか」
廣元は三人の顔を見渡して言った。
「私もそんなところだと思う。まずは落ち着いて我々の置かれた状況と取るべき行動を考えてみよう。そこで皆で知っていることを重ね合わせてみよう、これは私がコンピューターシステムの開発をやっていたころ、教わったメソードなのだが。だが、その前に少し腹ごしらえと行こうか。腹が減っては、頭が働かないからな」
そういうと廣元はキッチンに行き、大皿に盛ったおにぎりやお茶が入っているポットと茶碗を持って来た。廣元が「なんせ寺だから、植物性のものしかないがな。遠慮せず食べてくれ」と言うと大学生たちは「いただきます」と言っておにぎりを食べ始めた。
「さっき陵の腹の虫が鳴いていたようなのでな」と言うと廣元はデスクの脇のパソコンのディスプレイを皆の見える位置に動かし、おにぎりを一つ口にほおばりながら、パソコンのキーボードを膝に置いて操作し始めた。
「これはホワイトボードの代わりだ、皆の意見を忘れないように書き留めておくよ」廣元はそう言うと今度はお茶を一口すすった。
「始める前に二つだけルールを言っておく。各自自分の思っていることを脚色せず素直に言う事。そして他の人が言ったことを決して否定しないこと。では始めよう。まず、銅鏡は何故仁の部屋から無くなったかだ」

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