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#6 新型コロナではなかったが・・・

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 僕は今回を含めて2度救急車で搬送していただいたことがあるが、毎回野次馬が出てくる。
 前回も今回も、救急車が到着する頃には症状がやや落ち着いてたりするのだが、「もう大丈夫ですから帰ってください」とも言えず、よく調べておいてもらうためにも救急車に乗る。やや朦朧としていても周囲の状況は把握できており、どこの家のオバハンが出てきたとかは覚えている。

 心は弱っていても脳はハッキリしてるので、薄れる意識のもと、オバハンたちをバッタバッタと救急車で蹴散らして病院まで行く妄想をしながら、救急車の中で問診、検温、SpO2測定などをしてもらい、救急救命士さんが受け入れ病院をみつけてくれるのを待つ。

 夜間なので、この地域では、おそらくあの病院であろう── あ、やっぱり。
20年前くらいに初めて救急搬送された病院と同じだ。評判はイマイチだが、ぜいたく言ってられない、診ていただけるだけでありがたい。
 自宅から救急車で5分ほどの〇〇〇〇病院に搬送された。

「SpO2はなんぼ?」という当直医の問いかけに救急救命士は
「98です」
「98!? そら大丈夫や。念のためCT撮っとこか」

 当直医は救急救命士からバイタルサインの報告を受けたあと、看護師にCT撮影を手続きをするよう指示した。

 CT撮影を終えて診察室に戻ると、先ほどの当直医が携帯電話で誰かと話していた。

「息子が出て行って探してますねんけど、そちらに行ってないかと思いまして── はい、はい、はい、すんませんけど、はい、また後で連絡させてもらいますんで。よろしくお願いします」

(家出したんやろか、息子さん。どこの家庭も大変やな)── そんなことを考えていると、電話を終えた当直医はこちらに向いてCTの読影をしながら説明を始めた。

「うん、問題ないよ、肺炎もないから心配せんでよろしいわ。最近同じような人が多いですわ。まだしんどいようなら薬出しとくから、それ飲んどいてもろたら落ち着くと思いますわ」

 妻がクルマで病院に迎えにきてくれていたので、廊下の長椅子で二人座って会計を待っていた。ある程度息苦しさも軽減していたものの、やはり胸苦しさというか、吐き気というか、なんとも言えぬモゾモゾした気持ち悪さが、胸から腹にかけて居座っていた。前かがみでないと息ができない。

「急に気分わるなったん?」

 困惑した妻の問いかけに、息も絶え絶えに僕が答える。

「新型コロナ感染拡大のニュース見てたら、急に不安になって、、、その不安が、、、どんどん、、、膨らんできて、、、、そしたら、苦しくなってきたから、、もしかしたら自分も知らん間に、感染してるんちゃうかと、、、職場でも知らん間に他の人にも感染してるんちゃうかと、、、思ったら、息ができなくなって」

「そんなん、誰でも同じやって」

「マ、ママは、家族の生活を背負って仕事なんかしてないから、、、わからんねん! はぁ、はぁ、はぁ、、、ママはいっつも、気楽な言葉で人の心を傷つけてることを、、、わかってないねん!」

 落ち着き始めてた気持ちが、興奮によって再び過呼吸となった。
 おそらく妻は、誰でも同じ状況だから心配ないよ、と言いたかったのだと思う。しかし、この時の僕は精神が病んでおり、すべてのことをネガティブに考えてしまう心の改造人間になっていたのだ。

 さらに困惑した表情の妻と一緒に帰宅し、処方された精神安定剤を服用すると、やっと落ち着きを取り戻し、そのまま疲れて寝てしまった。


 それからしばらくは、発作が起こりそうな、落ち着きそうな、そんな小さな波を乗り越えながら持ちこたえていたある日の仕事中、妻からメッセージが送られてきた。


 < 終わったら電話して >


 全てを察した。

 数年前から右側の乳房に良性の線維腫があるので婦人科クリニックのドクターに定期検診を受けるように言われていた妻だが、マンモグラフィが苦手であることと、子供たちのPTAの仕事などで検査を怠っていた。それがここ最近、看過できない違和感となってきたらしく、この日の午前に婦人科クリニックを受診すると言っていたのだ。

 問題なければメールなどしてこないであろう。


 妻は乳がんだった。

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