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10 ホルプにポルプ(チェコ語)

菅寿美(『ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく』訳者)

チェコ人は言葉遊びが好きだ。もちろん、言葉遊びが好きなのはチェコ人に限ったことではないだろう。しかし、ヨーロッパの中央に位置し、ドイツ語、あるいはロシア語の文化圏に組み込まれた歴史を持つチェコでは、そのたびに、自分たち民族の言葉であるチェコ語に対する思いを深め、それが強い愛着と誇りとにつながってきたのかもしれない。

クシヴォクラートで、おやじはこう叫ばねばならなかった。
「ここには菓子屋の“ホルプ”が住んでいるぞ!」
後続の車から楽しそうなペロウトゥカの声が響く。
「それじゃ、そいつのケツに“ポルプ”してやれ!」
おやじがそう叫ばなければ、ペロウトゥカは、一日と一晩、ご機嫌斜めになった。(「パイクで勝負」より、p.21)

おやじとペロウトゥカのセリフをチェコ語であらわすと以下のようになる。

「ここには菓子屋の“ホルプ”が住んでいるぞ!」
„Tady bydlí cukrář Holub!“(タディ ビドリー ツクラーシュ ホルプ)

「それじゃ、そいつのケツに“ポルプ”してやれ!」
„Tak mu prdel polub!“(タク ム プルデル ポルプ)

ここでは、もちろん、Holub(ホルプ、男性の名字)とpolub(ポルプ、「キスしろ」という動詞命令形)の音の類似性を面白がる言葉遊びだ。それに加えて“ケツ”と高らかに叫ぶこと自体にも大喜びしていそうだが…。ともかく、チェコ人はこのように韻を踏ませるのが巧みで、ことわざや慣用句でも粋に使われている。

Jeden o voze, druhý o koze. (イェデン オヴォゼ、ドゥルヒー オコゼ)
二人で話しているとき、同じ物について話していると思いきや、まったく別のものについて話している。

Dočkej času jako husa klasu. (ドチケィ チャスゥ ヤコ フサ クラスゥ)
機が熟すまで待ったほうが良い。

Práce kvapna málo platná. (プラーツェ クヴァプナ マーロ プラトナー)
作業を急ぐと、いまいちの結果になる。

Bez peněz do hospody nelez. (ベス ペニェス ドホスポディ ネレス)
一文無しで居酒屋に来るな。

Pýcha peklem dýchá. (ピーハ ペクレム ディーハー)
傲慢さの裏にそれを超える悪が潜んでいるのを感じる。

Vojna není kojná. (ヴォイナ ネニー コイナー)
軍は乳母ではない(軍で甘えは禁物)

Za dobrotu na žebrotu. (ザドブロトゥ ナジェブロトゥ)
善を成したら不幸を返された。

Každý chvilku tahá pilku. (カジュディー フビルク タハー ピルク)
常にどちらかが鋸を引いている(自分のほうが何かせねばならぬときが必ず来る)

チェコ文学を読んでいて、このような押韻に気づくと嬉しくなるのだが、さてそれを日本語に訳さねばならないとなると、途端に苦行に変わる。日本語訳でうまく韻を踏ませられたためしはない。

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