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15 君の名は?(名前)

菅寿美(『ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく』訳者)


チェコ人のファーストネームは、日本人名ほどバリエーションがない。その理由は、今でも多くの人が、名前をある群の中から選ぶからだ。ある群とは、“名前の日”に登録されている名前のことである。

チェコのカレンダーを見ると、それぞれの日に男性あるいは女性の名前が記載されている。例えば、4月1日ならフゴ、10月1日ならイゴルというように。この月日と名前の対応は年によって変わることはなく、最近では毎年同じである。そして、その日をその名前を持つ人の「名前の日(svátek)」として、お祝いするのだ。名前の日は現在でも厳然と生きている慣習で、だから子供には名前の日に入っている名前を付ける親が多いのだそうな。

人気のある名前を以下に示す。

15君の名_表


上記の表の1,2,3行目は2019年にチェコで生まれた赤ちゃんにつけられた名前ベストスリーだ。4,5,6行目は、2019年に赤ちゃんを迎えた両親の名前ベストスリーである。多少のはやりはあるものの、上記の人気ネームはすべて、名前の日を割り振られた、つまり昔ながらの名前群から選ばれた名前であり、この慣習がいまでも彼らの文化の基盤であることがわかる。選択肢どころか、無限ともいえる可能性の中から愛や期待を込めた名前を創造するのが一般的な今日の日本の命名事情とは対照的であり、いくら伝統であるとはいえ、個を重んじるチェコ人がこと名前に関してはここまで没個性に甘んじるとはどういうことかと、なんだか不思議に感じる。

実はチェコでは、上記の名前の日に登録されている名前リストですら、使う必要がないことが多い。というのも、長男長女には、父親(あるいは母親)の名前をそのまま(あるいは対応する性の形に直して)付けてしまうのだ。例えば、ヤンお父さんの長男はヤン、長女はヤナのように。ヤンおじいちゃんの家族がそろうと、おじいちゃん・お父さん・孫息子とも、みんなヤン・ヤン・ヤンというのは今でもよくあることで、郵便物を受け取ったとき、誰宛てなのかがわかりにくいのだとか。チェコ人にとって名前の意義とはいったい何なのだろうかと、さらに興味がつのる。

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