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ちょいちょい書くかもしれない日記(リピート)

午前6時前、またしてもスマホが鳴った。
まさか、と寝ぼけ眼で確認したら、くだんの叔父からだった。
今度こそ何か……。
「いや、どうしてるかなと思って。お母さんとか」
え、怖ッ。
ゾワッとしたが、それが認知症あるあるなのは知っている。
「昨日も同じ話をしたよ」などとは言わず、叔父とも、そしてスマホを途中で受け取った叔母とも、昨日の早朝とほぼ同じ話をして、「じゃあ、まだ残暑が厳しいから身体に気をつけてね」と、こっちも同じ結びの文句で通話を終えた。
思わず、スマホを片手に持ったまま、長い溜め息が出た。
実を言うと、父が死んだときも、同じことがあった。
叔母が5日連続で電話してきて、「お父さんが死んだっておじちゃんが言うんだけど、あの人ボケちゃってるから。嘘よね? お元気でしょ?」と、都度、まったく同じ質問を投げかけてきたのだ。
淡々とそのたびに父の死を告げ直すしかなかったが、まるでキュルキュルっと時間が巻き戻ったような感覚は、けっこうしんどかった。
できれば今回は2日で止まってほしいところだが、さて、どうなることやら。

目が覚めてしまったので、猫の世話をし、シャッターを開けて、玄関周りの掃除をした。
未だ、父のことで司法書士の先生にお世話になる案件ができて、必要な書類をゴソゴソと整えた。
昼にはロールキャベツの残りを温めて、残ったスープには冷やご飯をレンジで熱々にして入れた。即席の洋風雑炊だ。ドライパセリと粉チーズを少し振って食べた。ただただ旨い。
その後、案の定とてつもない眠気が来たので、もう牛になる覚悟で、猫と横になった。
ただ瞬きしたつもりが、2時間近く経っていた。
何だか凄く損した気がする。
せっかく寝たのに何ひとつスッキリしておらず、疲れが澱のように身体に溜まっているのを感じたからだ。
これはちょっと、ただ休んだだけでどうなるものでもなさそう。
月曜に所用で街へ出なくてはならないので、ついでに整体の予約を入れた。
歳を取るほどに、肌でも関節でも筋肉でも、自分のメンテナンスにお金がかかるなあ……とぼやきかけたが、よく考えたら、別に10代の私もさほど健やかではなかった。
しょっちゅう目と頭が痛かったし、肌もまだアトピーが薬でコントロールできていなかった。
ただ、自分の体のために使うお金の余裕などなかったし、まだかろうじて余っていた体力でどうにか押し切れていただけだ。
頭痛だけはどうにも我慢がならなくて、お小遣いから毎月のように頭痛薬を買っていた。
自覚してはいなかったが、当時から親に隠れて布団の中でマンガを読んでいたせいで常に寝不足で、肩凝りも酷かったんだろうと思う。
今、それなりに自分の体に意識が向くようになって、むしろ20代までの自分より健やかになっているのではないかと思うほどである。
勿論、あちこち構造上のガタは来ているだろうが。

目が覚めてほどなく、母がいる施設から電話がかかってきた。
母が暮らすフロアで「感染者」が出て、当面は面会停止です、つきましては週明けに入っていた面会予約は取り消しになりました、とのこと。
何の感染者かは言われなかったし問いもしなかった。お察し案件である。
母が元気であることを聞ければ十分だ。
ここ数年、施設の方々は、クラスターを出さないようシビアな努力を重ねてこられたことと思う。
ひたすら頭が下がる。
面会が再開されたら、スタッフの方たちに差し入れを持っていこう。




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椹野道流
こんなご時世なのでお気遣いなく、気楽に楽しんでいってください。でも、もしいただけてしまった場合は、猫と私のおやつが増えます。