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知らない国の味がする(週報_2019_04_07)

先週木曜、ビリヤニを食べた。
ずっと行きたかった憧れの店の木曜担当のおねえさんが今週はボルシチよ、とツイートしたのを見て、あの夜からもう1週間も経ってしまったことを知った。

初めて食べたビリヤニは不思議美味しかった。
マトンは骨付きだから気をつけて、あとナントカっていう木みたいなスパイスが入ってたら食べずに出してね歯が欠けたら大変だから、と言われ、緊張して食べていたらいつもの倍の時間がかかってしまった。
予約客で混雑していたのに申し訳ない。

あしながおじさん(noteでは恩人氏とか呼んでたっけ、もうどっちでもいいし、どっちも合ってる)もお気に召してくれたようで私の倍の速度で食べ終わっていた。
彼は食にこだわりのある人なので、私の紹介したお店で美味しいと言ってくれたのがちょっぴり誇らしかった。
実際は予約しただけで、場所すら調べず彼に連れて行ってもらったくせに。

混んできたのでお話もそこそこにお店を出た。
「もしかしてマトン苦手だった?」と私が食べている姿を見ていた彼が言う。
奇遇です、私もあなたの食べている姿を見て、もしかして量足りなかった?と思っていた。
お互いに食事をしながら、お互いの姿を見て、お互いのことを思っていた。

でもね、マトンは好きです。
正解は、多分だけど、木みたいなスパイスを飲み込んでしまったから。
口の中に入ったあとどうしたらいいかわからなくて、噛んだら歯が欠けちゃう!と思い、噛まずに飲むほかなかった。
世の中にはまだまだ知らないことがある。


ビリヤニのあとには葉巻も楽しめる高級なバーに行った。
(高級さを伝えるために葉巻を楽しめるところをアピールしたけど私は普通に煙草も吸えないし、なんなら喘息なので葉巻もご遠慮願いたい)

あしながおじさんが今日のフルーツの在庫を聞いてくれて、私はその中からキウイでモヒートを作ってもらった。
メニューのないお店だから値段がわからないけれど、1杯3,000円程度はしたはずだ。
前日に私がやきとりセンターで呑んだキウイモヒートは280円だったのに。

乾杯をしたあと、3月は新人賞に出す作品を全然進められなかったことと、課題として渡された本をまだ読めていないことを白状する。
1冊は本当はもう電子書籍で買ったので返すことはできるんだけど。

文庫と、ソフトカバーの単行本。
それら2冊は小さめの紙袋に入れられていた。
見たことのないお店の紙袋。
店名を検索すると上品な、見知らぬ洋菓子店のものだった。
中を覗いてみても頭は入らなかったから、仕方なしにスンスンと鼻だけを突っ込んで何度も嗅いでいる(なんの匂いもしない)

手渡された日に彼はこう言った。
「次、会うまでに読んでおいて」

うん、ああ、次、会えるんだ、そう思った。
どうしよう、いつまでも読まなかったらいつまでも次の約束を楽しみにしたまま生きていていい?
このまま返さなかったら、この本を書店で見かけるたびに『あいつに借りパクされたなあ』なんて私のことも思い出してくれるんじゃないか。
でもあしながおじさんはなんだかんだ忘れっぽいから私のことなんかすぐ忘れちゃうよね、そうか、そうだよね。

本格的なモヒートは1杯で目が据わるくらいに強かった。
私のような品のない人間は来ないお店だから、できるだけ声をひそめながら「今まで私の作品のこと、面白いって言ってくれたことないの、気付いてますよ」と酔いにまかせて言った。
私はあなたの競馬馬なんだから、燃料くれないと走れない、と。
彼は「燃料を与えることはできるけど、その燃料に頼りだすと長くは走れないから」と一見それっぽいことを言い出して、いい感じに酔いの回った私はすっかり言い包められてしまった、いつものことか。
「じゃあもう書かない!」と私がふて腐れると彼は「書かずにはいられないよ」と小さく呟き、返す言葉もなかった。



締切が来なければいい。
締切さえ来なければ私はずっと、いつか大作を書き上げる名もなき未来の小説家で、あなたは才能を青田買いしたつもりのあしながおじさん。

今が一番楽しいんだ、きっと。

「100万部売れたら印税だけで☓☓万だよ
 俺に預けてくれたら株で倍にするよ」

悪い顔をして私を笑わせる。
私、知っているよ。
あなたはとってもお金持ちだって。
あなた私の架空の賞金なんか狙わなくたって不自由ないからこそ、これがジョークになるんでしょ?

私、賞金なんていらない。
お母さんが亡くなったら、私は私が稼げるだけの小さな財布の中で生きていくから。
作家になんて別になりたくない。
今書きたいものを書いているだけ、経験は有限でいつか尽きたときに私も一緒に溶けるように消えていきたい。
私が産み落としたものと引き換えに、もしお金が貰えるのなら全部あなたにあげる、そんなのあなたにとってははした金かもしれないけれど。



私はマトン、苦手じゃなかったけど、彼の胃袋に対してビリヤニの量が足りなかったのは当たっていた。
彼はいいこと思いついたぞ、とばかりに近隣で一番フードの充実している宿泊施設に入り、少しの待ち時間ののち、とんでもない部屋に通された。

天蓋付きのクイーンサイズのベッドが2台、マッサージチェアが2台、ソファーベッド、ドライサウナのついた広いお風呂、最上階専用バルコニー…

前日、私が泊まったネットカフェは100×200サイズの部屋で10時間1300円だったのに。
それも彼には信じられないでしょうけど、100円でも安い店を探したし、朝はフリードリンクのコーンポタージュを何杯も飲んでお腹を満たしたんだ。
数時間で天国と地獄を、富豪と貧民の営みを往復してしまい、目が回る。

あしながおじさんはフードを注文し、私に受け取りをするように言いつけると1人入浴し、よく温まったのちお腹を満たし、映画を見ながら寝てしまった。
とんでもなく広い部屋にぽつんと残された私は、とりあえずもったいないからともう1つのベッドにうずくまったけれど、少し離れたもう片方のベッドから聞こえる寝息にきゅうっとさみしくなって、寝ているあしながおじさんに重なりながらぎゅうぎゅうで眠った。

20,000円超のお部屋でも、1300円のネカフェと同じく、朝がきた。
夢みたいな時間は終わり、現実に帰る時間。

家に帰り、久々に原稿に向かうけれど、進まない。
今月からやり始めた在宅ワークのほうがよっぽどやりがいに満ちている。

春だからなのかなぁ。
私、頭がわいちゃったのかなぁ。
私が書きたいことって、なんだったんだろう。
うまく書けたnoteを読み返しても、今はどうやってそれらを書いたのか、思い出せもしない。

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