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小説 月に二回の劣情

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2021年11月の記事一覧

月に二回の劣情 #4

月に二回の劣情 #4

<2019_04_04_21_22_kusumoto>

 私が『既婚であること』を指摘すると、楠本は一瞬面食らったもののすぐに吹き出し、言った。

「由利……口、悪いねえ……!」

その口調が砕けたものだったので、一方的に仕掛けておいて勝手とは思いつつも、胸を撫で下ろす。どうやら驚いた顔をしたのは既婚が図星だったからではなく、私の口の悪さが原因だったようだ。真顔で「私、賢者タイムの落差がすごいん

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月に二回の劣情 #3

月に二回の劣情 #3

 自殺防止の青いライトが、午前5時台のホームに立つ通勤客の横顔をより不気味に浮かび上がらせる。地元の寂れたコンビニはとっくに24時間営業をやめていて、新宿を始発後に出ても各駅停車で最寄り駅に着いた頃にはまだ閉店中だ。

お腹の空いた私が仕方なしにまだ開かない自動扉の前、幽霊のように佇むと、6時きっかりにアルバイト青年の手動によりドアが開けられる。開店したてだというのに、チルド棚には昨日のおにぎりが

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月に二回の劣情 #2

月に二回の劣情 #2

<2019_04_12_22_54_shibata>

 柴田の家に初めて行ったのは二週間前の週末のことだった。出会い系SNSで私の書いた本のレビューを読んで「読書の話をしませんか」とメッセージを送ってきた柴田に、やはり私は初対面で自宅まで持ち帰られる羽目になった。

大学を卒業して一年間高校で数学教師をしていたという柴田はペーパーテストでだけ点数をとれる人間の典型のような男。学生時代はずっと陸上

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月に二回の劣情 #1

月に二回の劣情 #1

 下品で大げさな喘ぎ声に耳を傾けていたら、気付かぬうちに終点の新宿に着いていた。ドアの向こうには折り返し乗車待ちの客の列が、疲れた顔で恨めしげにこちらを見つめている。その目玉の数に驚いて反対ホーム側にくるりと身を返した。

10時から19時、実働8時間の退屈な事務職をこなし、夜の新宿に出てからが私の1日の第二部だ。改札を抜けると、まず交番前にたむろする風俗のスカウトに、アルタ横で相席屋のキャッチに

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