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年初雑感 ~ 待つこと ~

年明けからいろいろなことが立て続けに起こり、エネルギーがざわめいてますね。
現象全体のバランスを維持するよう動こうとしているエネルギーが、積年の人間による断片的な行為でさまざまに堰き止められているので、いつ急激に本流にもどってもおかしくないよなぁ、という感じ。
それが人間や社会にとって破壊的な現象として表出してもおかしくないよね、という。

自身において、今年は「待つ」ことがテーマかなと。
これは昨年、韓氏意拳の講座で気づかされたことだけれども。

長年の精神や体の癖からくる機械的な反射を超えて(スルーして)
待つことで自然に湧き上がってくる動きに委ねること。

けっこう注意していると、日常のいろんなシーンで癖による反射的な反応が起きているのがわかる。
誰かに気にしていることを指摘されると、むかっとして言い返す反応。
何か物をとろうとしてぐっと肩に力をいれてから動こうとする反応。
車の運転席からドアをあけて外に出ようとするときの、身体各所の力み。
動きの中に、部分的な起点・力みが生じ、そこから動きが生じるという、全体のつながりが途切れた、狭い範囲で起こる、反射的な運動。
精神も身体もおなじものの別次元でのあらわれなので、身体の動きは精神の動きに現れ、精神の動きは身体に現れる。

この部分的、反射的、断片的な衝動、動きを見守り、経過し、そもまま待つことで、自然に起きてくる動きのままにあること
どんな表現が生まれてくるのだろう、という好奇心しかない。


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