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離れた母との料理通信

「このところ味噌を作りました。2キロだから大変だったけど、来年が楽しみ。あとはひたすら金柑でした」

先日、母からそんな内容のメッセージが送られてきました。あぁ、もうそんな時期か。昨年は日本に一時帰国していて、金柑を煮るのを手伝ったのでした。あれからもう一年たつのか。

実家を出たのは23か4のころ。そのあと、節目にちょこちょこ実家へ戻って生活することはあったけれど、家を離れたのはもう20年も前のこと。

日本でひとり暮らしをしていたころは、忙しい毎日だったのと、20〜30代は外食するのも楽しくて、実家へ帰ったときには母の料理をおいしいと食べてはいたものの、恋しいと感じたことはそんなにありませんでした。そんな思いが変わったのはカナダに来てから。

時間もできたし、ホームシックではないけれど、不思議なことに舌が実家で食べたあの味、この味を急に欲するようになったのです。

あー、母のアップルパイが食べたい。あのコロッケはどうやって作るのだろう。

冬から春のいちごの季節になると、パリブレストやタルト。梅干しもそう。毎年、和歌山の農家から梅を取り寄せて、庭に干していた光景を6月になると思い出します。雨が降ると慌てて家の中に入れて。肉厚で食べごたえがあって、強めの酸味。あの味が懐かしくて胸がキュンとします。

夏にはブルーベリータルトに、薬味を細くきざんだ「だし」。秋にはりんごジャムに、栗ごはん。冬のクリスマスクッキーに、お正月のおせち!


妊娠中つわりの時期には、母のおにぎりが無性に食べたくて自分で作ったらその味とは程遠くてがっくり。定番料理の煮物にグラタン、ミートソースや天ぷらまで。あぁ、今になってなんてぜいたくな日々だったのだろう、としみじみ思うのです。

その思いが募ってカナダに来てからは、食べたいメニューや料理の困ったことがあると母に連絡。「あの漬けものどうやって作るの」「ケーキがうまくふくらまなかったのだけど、どうしてだろう」などなど。すると、母の古いレシピノート写真や、がんばって打ったであろうテキストメールが送られてきます。私も作ったらつかさず報告。うまくできなかったらその原因を探ったり、うまくできたら「よくできました」と、褒めてもらったり。

そういえば、カナダ人である義母とのコミュニケーションにも料理が活躍。夫の好きなおかずの作り方を聞いたり、カナダならではのメニューを教わったり。言葉の壁をぐぐーんと乗り越えて、距離を縮めてくれる。その家の「おいしい」を共有することで、この家族の一員になれた気がして、妙にうれしくなります。

さて、母が味噌を作ったと聞いて、私も作りたい気持ちがふつふつと湧いてきました。今年は無理でも近い未来にきっと。日本にはなかなか帰れないけど、おいしい、で繋がっている私たち親子。

「大豆を煮たよ」と伝えれば「サラダに入れたり、ひじきと混ぜたり。プロテインがたくさんとれるから便利だよね」と母から返信。今日もおいしいやり取りは健在。

母の味に近づきたくて今日も私はキッチンに立ちます。母に助けを求めながら。あの味を少しずつ受け継ぎながら、私ならではの味ができあがっていくのだろうな。

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