【下北での記録】投票いくか
6月8日土曜日 20時半頃
14時からバーのスタッフとしていらっしゃった某ミュージシャンの方と飲んで数時間、休憩がてら家に帰りアマプラで映画を観てから夜の下北沢へ繰り出す。
もう常連と言っていいのかな、というくらいには通ったスズナリ横丁。
ここに初めて来た時のお店に入ると、初めて来た時と同じスタッフの方が先客の方に酒を注いでいた。お二方のお話が途切れるタイミングを伺いつつ、他のスタッフの方に教えてもらって以来ハマりかけている「ベイリーズを蕎麦茶で割ったやつ」を注文する。
「もうスズナリ慣れました?」
「はい、めっちゃ居心地良いですね」
「あ、よかったです」
曜日が代わりスタッフが代われば同じお店でも雰囲気が大きく異なるのがこの手のバーの面白いところ(勝手にオールナイトニッポンみたいだな、とか思ってる)。当然やってくる客層も大きく変わる。界隈の中でも特に落ち着いた雰囲気を持ったその女性の方が立っている時は、年齢層が高い傾向にある(んだとかいうのは他のスタッフさんから聞いた)。
男性の方がもう一人やってきて、ゆったり団欒が始まった。美味しい酒やワインの店の話から、お客さんの一人がちょうど来る前に買ってきたというスコーピオンズのレコードきっかけで音楽の話へシフト。
ハードロックは学生時代にそれなりに聴いていたものの、バンドの名前すら初耳だったのは恥ずかしい。
「あ、スコーピオンズ!」
その女性のスタッフさんは反応からスコーピオンズを知っていたようで、それにレコードの主が食いつく。
「スコーピオンズ知ってるのは凄いね。どんな音楽好きなの?」
「ガレージロックですかね。Sonicsとか」
「Sonicsいいよねぇ」
「後はビートルズももちろん好きですし、ドアーズとか、トーキングヘッズとかも好きですね。あ、でもブラックミュージックも好きなんですよ。サム・クックとか」
おそらく音楽だけでなくサブカル全般かなり引き出しが広い方なのだろう。こういう人たちに会えるからスズナリは楽しい。自分より詳しい人たちの音楽談義の中に入るのは難しいが、聞いているだけでも面白いものである。「商業的側面が薄かった70年代80年代の楽曲の方がより音として洗練されている」という常連さんであろう方の言葉にはなるほど、と思わされた。
「なんか、演劇とかやってそうだよね」
常連さんがスタッフさんに話を振って、またトピックが変わる。
「あ、そうなんですよ。今でも呼ばれたらたまに舞台に立ったりします」
どことなく表現者のオーラを醸し出しているような気がしたら、本当にそうだった。いや下北がそう感じさせているのかもしらん。
「演劇とか見られますか」
気遣い上手なスタッフさんが僕にも話を振る。
「いや、そんなに見ないんですけど、数年前に一回見たかな。結構アバンギャルドなやつだったんですけど、ただ終わった時に自分の中にあんまり内容が残ってなくて」
「あぁ、なるほど。私はやる上で心に残るっていうのが大事やなと思ってて、観る側としても演技が上手くなくても何か伝えようとしてる演者の方が好きですね」
自分もアマチュアながら着物姿で舞台上に立つことがあるのだが、少なからず何か心に刺されば…というところには強く共感させていただいた(落語という出し物の性質上、そのくだらない内容は心に残らなくても良いのだが、少なくとも「笑い」という反応を返してもらうことで「喜」の感情を揺さぶれたら、とは思って毎回やっている)。
加えて一つ浮かんだ疑問を問いかけてみる。
「演技が上手くなくても、心に残るものってどういったものですかね」
答えが決まっていたかのように、やや被せ気味にその人は返す。
「気持ちがこもってるかじゃないですかね」
納得すると同時に、なぜこんな自明の理を分からなかったのかとやや反省した。
「演技が上手くても、『こういう風にやればいいんでしょ?』みたいなやり方されてると私は分かっちゃうので…」
特に生身の体で何かを表現するとなった時に、お客さんは演じ手の感情に敏感だ。「これを伝えたい!」が剥き出しになっていると粗削りでも凄く感動させるものになるし、逆に何かを伝えたい!よりも演じ手の「どうだすげえだろ?」が先行しすぎてしまえば卓越した技術で披露されてもゲンナリしてしまう。
演劇にせよ落語にせよ、やはりその部分は同じなのだなぁなどと思ったり。
「まあでも他の人は分かんないですよ!私がそうっていうだけで、そういう演技が感動するっていう人もいるわけだし、それが多くの人に受け入れられたら、いいんじゃないですかね」
「うーん、でも万人受けするより数人にゴリゴリに刺さるものの方がカッコ良いと思いますけどね」
「あぁ、でも多くの人に受け入れられないと、特に演劇って難しいんですよね。映画も今はとにかく有名俳優集めて集めてじゃないとお金にならないって言いますし。日本っていう国が海外に比べて芸術にあまり寛容じゃないんでね」
少し悲しそうなトーンで非情な現実についてお話され、自分も多少悔しさやら悲しさやらが込み上げてくる。
数秒考えて、かなり安直で、真っ当な解決になるかどうか分からん言葉を軽いノリで吐いた。
「…投票いくか」
カウンター越しでグラスを拭きながら、その人はちょっとだけ笑ってくれた。
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