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『夢の猫本屋ができるまで』井上理津子/協力・安村正也

古本ゾーンに足を踏み入れると、店員たちはみんな眠っていた。
それは最高の「いらっしゃいませ」だった。
ここは世界で一番安全な場所。そして彼らにとって私も、平和を脅かす存在ではないとみなしてもらえたのだと、そう思った。
なにしろ、ここでスヤスヤと寝顔を見せているのは全員、猫なのだから。
そこにニンゲンの店員、安村さんが新刊ゾーンから入ってきて穏やかな笑みを浮かべた。
気持ちの良い春の午後3時、私がキャッツミャウブックスを訪れたときのことである。

「夢の猫本屋ができるまで」は、三軒茶屋(西太子堂駅近く)の猫本専門書店、キャッツミャウブックスの成り立ちと想いのつまった一冊だ。
店から帰ってすぐ、私は最寄りの書店でこの本を買い求め、貪るようにして読んだ。
タイトルには「夢の」とついているけれど、決してふわふわした甘い本ではない。
かなり現実的で、熱いドキュメンタリーでもありビジネス書でもある。
そして、著者、井上理津子さんの筆致が力強く、愛情深い。
まだ店に訪れていない人が読んだら必ず行きたくなるだろうし、行ったことのある人が読めばある種の「納得」を胸にまた行きたいと思うだろう。

本屋が猫を助ける、猫が本屋を助ける。
本書の中で繰り返されるキャッツミャウブックスのコンセプトだ。
店で売られているのはすべて猫本。店員である猫たちはみな保護猫で、売上金の一部は保護猫団体に寄付されている。
つまり、猫好きの客の来店によって猫が本屋を助け、商品が売れることによって本屋が猫を助けているのだ。

「助ける」という要素は、このお店にまつわるエピソードの隅々にまで感じられた。
一緒に店を切り盛りしている妻の真澄さんを筆頭に、キャッツミャウブックスにはたくさんの人たちが関わっている。そして彼らには個々に、さまざまな背景がある。
読みながら「セレンディピティ」という言葉が何度も脳裏に浮かんだ。
まるでキャッツミャウブックスを開店させるために、運命に仕組まれたような出会いとタイミングばかりだ。成功の神様が確実に安村さんについていたし、わかりやすく言うと、みんな安村さんのことが大好きなのだ。周囲のその気持ちはきっと、キャッツミャウブックスをこの世に誕生させたいという願いと等しかったと思う。

さらに特筆すべきがクラウドファンディングだ。
私はかねがね、このシステムは本当に素晴らしいと思っている。一見、資金を募る側が「助けてもらう」形をとりながら、支援者側にとってもなにか希望や救いのようなものになっている気がする。できる範囲での応援で、自分もその夢に参加できるのだ。
キャッツミャウブックスの開店が実現したその日、支援者たちはどれだけ嬉しく、誇らしかっただろう。
安村さんもこの店も、心が空に向かっていくような輝きを彼らに与えたのだと思う。
これは、「本×猫」だけではなく、そこに関わるすべてのニンゲンの「助け合い」と言えるのではないか。

キャッツミャウブックスは、レジのある新刊エリアと猫店員のいる古本エリアに区切られていて、コーヒーやお茶、ビールも飲める。
店の名前の一部でもあるキャッツミャウ(cat’s meow)は「素晴らしい」「素敵な」「最高の」という意味のスラングなのだそう。
猫は生き物だから、重くてつらい話もある。
本屋は商売だから、経済的なシビアさもある。
でも根底にはいつも、「楽しい」とか「好き」が流れていて、それは安村さんがこの店をやりたいと思った瞬間から一番大切にしていることなんじゃないかと思う。
猫と本とビール。
ステキだ、サイコーだと感じる喜びは、あらゆる苦労を凌駕していく。

もうひとつ、安村さんは、お店を持ちながら会社勤めをしている。
そんな「パラレルキャリア」についての記述も興味深い。
キャッツミャウブックスや安村さんのことは、そう遠くない未来に映画やドラマになる予感がするけれど、私はこの本を読み終えて一本の物語を「見た」気がしている。
そしてその物語は長い長いお話のまだ序章で、これからが本編として続いていくのだろう。
この先のストーリーで何が起こるのか、私は楽しみで仕方がない。

ところで、キャッツミャウブックスは2017年8月のオープンである。
私のデビュー作の発売日も、2017年8月だった。
小説家として開店したのが同じころなので、私とキャッツミャウブックスは「同期」だと、勝手に親近感を抱いている。そして狙ったわけではないけれど、翌年に出した2作目が「猫のお告げは樹の下で」というタイトルだったおかげで、ありがたいことに猫本と認定され店に置いていただいた。奇しくも、この本に出てくる「ミクジ」という不思議な猫は、キャッツミャウブックスの初代番頭、ごましお君と同じ黒白のハチワレだ。ご縁を感じずにられない。
安村さん。厳しくも愉しいキャッツミャウなこの世界、共にがんばっていきましょう。