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16歳の北海道一周旅行記 #1 「彼女」との出会いと旅立ち編

「彼女」との出会い

それ ーここでは親しみを込めて「彼女」と呼ぼうー と出会ったのは、くそみてぇな夏がその威力で梅雨を消し去りに来た6月下旬頃であった。僕は朝起きていつも通りTwitterを開いた。すると目に止まったのは北海道観光振興機構という早口言葉みたいな謎の組織が展開する「Hokkaido Love!」という観光メディアの広告である。どうやら例の感染症が一応収束を始めたあたりから観光産業の復権をめざしていろいろなことをしているらしい。「彼女」との出会いは、そこであった。そのメディアでは、「ぐるっと北海道・公共交通利用促進キャンペーン」というものが行われていた。どうやら道庁が補助金を出し、それを用いて公共交通が割安できっぷを販売、観光客は楽しく旅行ができる、そういう仕組みらしい。その目玉商品こそが、僕が10日間をともに過ごすことになる「彼女」もとい、「HOKKAIDO LOVE! 6日間周遊パス」だ。その内容が驚きである。
”JR北海道内の在来線特急・快速・普通列車の普通車自由席及びジェイ・アール北海道バス(一部路線を除く)が連続する6日間乗り降り自由なきっぷです。”(JR北海道HPより)
つまりどういうことなのかというと、JR北海道が6日間乗り放題になるのである。さて、気になるのはそのお値段だろう。
お値段なんと12000円!!!!!!!!
破!!!!!!格!!!!!!!!!!!
例えば、函館駅から札幌駅まで特急を利用した場合、乗車券+自由席特急券で合わせて9440円である。(2022年8月現在)函館から札幌までの往復で、もとが取れ、それが6日間も使えるという、原価厨が聞いたら血反吐を吐いて死にそうなくらい常軌を逸した値段設定である。
夏休みの旅行先に悩んでいた僕は、これを見て即決した。そうだ、今夏は北海道を一周しよう

手に入れた「彼女」

なおこのきっぷは発売されてたり売り切れてたり、また北海道でしか買えなかったりとシステムが複雑で、正直調べたくない 不確かな情報をお伝えしたくないため、興味が湧いた方は自分でググることを推奨する。

計画

無事きっぷを手に入れた僕は、出発までの一ヶ月弱で旅行の計画を練ることにした。なんせ未成年の一人旅だ。用意周到に越したことはない。また、限られた予算の中で移動するために、経路などもしっかり調べなくてはならない。北海道の中はもちろん件のきっぷで移動する。問題は、東京在住の僕が北海道へ上陸するまでの道のりである。最も一般的なのは飛行機であろう。安いものだと2万円前後で新千歳空港まで行ける。新幹線も選択肢である。函館までは4時間、東北の車窓と青函トンネルを楽しむのも乙なものであろう。熟考の結果、僕は高速バスを選んだ。(ここで「普通じゃないか」と思ったあなたはすでに感覚が麻痺しているので普通の旅行を諦められたし。)高速バス、それは自らの睡眠時間と引き換えに、破格の移動手段を提供してくれるまさに理想の乗り物である。ぼくは高速バスとフェリーの乗り継ぎによる北海道への上陸という、限界旅行者の集まる偉大なる航路に若輩者ながら身を投げることを決めたのである。

出発

高校生になってから、いろんなところへ一人旅をした。もう大阪の土地勘も身についた頃である。僕の旅立ちはいつも夜である。夏ながら風は半袖の肌に不快感を感じさせない。大勢の会社員を載せた路線バスが閑静な住宅街の停留所に停まる。その反対側で、一人大きなリュックを背負って路線バスを待つ。夜行の高速バスは上野駅から出るため、最寄り駅へ向かう路線バスがこの旅の第一ランナーである。俺はこれから、北海道へ行ってくる。日本最北の地を見てくる。高揚感で走り出しそうであった。路線バスが停まり、戸が開く。10日後には帰ってくるのに、もう一生生まれ育ったこの街を見ることはないような気がした。いくら旅に慣れてもこの寂しさは毎回である。最寄り駅に着き、毎朝通学で使う電車に乗る。いつもと全く違う景色だった。

上野駅舎 北へ行く人間を何年も見送ってきた

さて、上野駅についた。僕は1度青春18きっぷというJRの普通列車が乗り放題になるきっぷを使い札幌を目指したことがあるのだが、そのときも旅の始まりはここ上野駅からであった。バスの発車まで小一時間ほど会ったので、上野駅の中を散策した。ふと目に止まったのは、文字の書いてある石碑だった。

ふるさとの 訛なつかし 停車場の 
    人ごみの中に そを 聴きにゆく
石川啄木

啄木もこういう気持ちで旅に出たのだろう。その時の僕はそう考えて感慨にふけっていた。しかしよく考えたら啄木のそれは故郷に帰るときの詩であり、これから北海道に観光に行く僕の気持ちとは何ら共通点がない。何なら啄木の出身は盛岡である。しかし昔の上野駅の賑わいとそれに混ざる自分の姿を想像してなんとも言えぬ感情が芽生えた。「やはり北海道旅行は陸路で行くものだ。飛行機なんかですぐに付いてしまうのは味気ない。時間をかけて行ってこそ北海道旅行だ。」こうして高尚な詩を前にした僕は的外れで横柄なLCCアンチと化した。

夜行バス

小一時間の散策ののち、飲み物を買い夜行バスに乗り込んだ。22:30、気温は32℃であった。八戸行きのバスは意外にも満席であった。バスは一路北へ北へと東北自動車道を驀進している。しかし窓はカーテンで仕切られていて、真っ暗な車内ではスマホを使うことも許されず、目を閉じた。身体に伝わる外部の情報は床下からの振動だけであった。バスが今どこにいるのか、カーテンを開けたらどんな車窓が、どんな夜空が見られたのか、想像しながら眠りにつくのは悪い気分ではなかった。

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