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「サイネンショー」 〜作者のいない展覧会〜



今回は今期ものかたりで開催する展覧会の紹介を。

『サイネンショー 秋田展』

捨てられてしまう日常に「焼き」を入れる!

ものかたりでは今年11月に企画展を予定している。2011年東北の震災を機に、芸術家で滋賀県立陶芸の森 館長の松井利夫氏の呼びかけではじまった『サイネンショー』プロジェクトの秋田展だ。

「捨てられてしまう日常に「焼き」を入れる!」べく、家庭に眠る不要な陶器を、京都の日本海側・久美浜という地域の登り窯で焼き直し(再燃焼)、器の新たな魅力を引き出す試みで、今年十周年を迎える。これまでに京都のギャラリー、金沢21世紀美術館で展示され、2022年は大阪・graf、鳥取・たみでの展示が予定されている。

窯の力に委ねて、既製の焼きものが生まれ変わる

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写真が再燃焼に用いられる穴窯。解体される家屋の廃材を燃料に、素材・色・形の不揃いな古い陶器を一緒くたに焼き直す。1350度という、想像もつかない高温で燃焼され、ある器は表面の模様や絵柄が溶け流れて、ある器は原形を保てずに歪み、割れてしまう、といった窯変(ようへん)が起こるという。この過程により思いがけない変化を遂げ、生まれ変わった器たちを展示する。

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置物=持ち主の記憶、愛着のアーカイブ


『サイネンショー 秋田展』では、同じく家庭にありふれた「置物」を取り上げる。今はオブジェ、インテリア雑貨と呼ぶ方が一般的かもしれない。実家を見渡すと、食器の次に多く目に付く方も多いのではないか。一昔前は旅行の土産物の定番でもあった。親しい人からの贈り物や、自作の品を飾り愛でる人もいるだろう。

旅の思い出や愛着のしるしを身近な場所に留め置く。置物には持ち主の記憶、愛着が保存されている。それなのに、持ち主の記憶の風化や新たなモノとの出会いによって、惜しまれつつも隅に追いやられたりする。持ち主が亡くなるとその扱いは少々悩ましくもある。

〈作者〉のいない展覧会
 
展覧会に出品=置物を提供しませんか?

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そんな置物たちを、現在ものかたりでは絶賛収集中(9/30まで)。秋田県全域で広く提供を募っている。目標は300点。かつて大切にされ、捨てるにはしのびないが、サイネンショーによって新たな〈作品〉となり、誰かの手に渡るかも知れない。言わばちょっと変わった「お焚き上げ」だ。共感いただける、たくさんの方に出品=置物をお寄せいただきたい。

さらに、そのような背景から生まれた〈作品〉を手元に置いてみたい!という方にも、コレクションすることで展覧会に参加いただきたい。

テスト焼き_dog

集まるモノの多くは制作した本人を特定できない。サイネンショーは〈作者〉のいない展覧会だ。でも実現までに、多くの人が関わる。陶芸の技術を持つ人、そうでない人が一緒になって窯を焚き、〈作品〉に生まれ変わるのを見届ける。
モノが集まってこその企画なので置物を提供する人も、〈作品〉をコレクションする人も共に本展をつくる人だ。その意味では、たくさんの〈作者〉がいる展覧会だともいえる。


意味あるモノを選び、しかるべき場所に置くこと

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なおサイネンショーには、思いがけない造形を楽しみながらも、解体される家屋の廃材を薪材としたり、棄てられる牡蠣の貝殻を釉薬(ゆうやく)に活用するなど、ものづくりに費やされるエネルギーや循環のあり方に問いかけるねらいもある。

秋田展ではさらに、自分にとって意味あるモノを選び、それをしかるべき場所に置く。という営みの創造性に注目してみたい。

これを書いている机の周りにも、友人が制作した土人形・息子の作品らしきものと並び、なぜかタヌキの置物やアボリジニの伝統楽器を模した土産物が鎮座している。なぜ選び、置いたのか記憶は怪しいけれど…それぞれに、それなりの意味と居場所を与えたからそこにある。記念のため。想像力をかき立てるため。デジタル時代を迎えても、人は何かをモノに託していくのではないか。

だから集まったモノたちには物語がある。それを生まれ変わった〈作品〉を通じて観る側が自由に想像したり、次の持ち主の手に渡り新たな物語が紡がれていく。


「お焚き上げ」の申し込みはこちら
(ものかたりwebサイト商品購入ページ【ものかたりのもの】)

〈作品〉のコレクションはこちら
(ものかたりwebサイト商品購入ページ【ものかたりのもの】)

たくさんの方の参加をお待ちしています。


サイネンショーについてより詳しく
(主宰・松井氏とコミュニティデザイナー・山崎亮氏の対談動画)