実写版ジャスミンにとてつもなくエンパワメントされた話

ちょっとミュージカルの話から離れますが、実写版アラジンの話をしますね。実写版映画のネタバレが含まれますので、未見の方はぜひ観てから。

アニメ版のジャスミン

そもそも、わたしは「アラジン」という作品が大大大好きです。ちっちゃい頃からすり切れるほどVHSを観て、一緒に観させられていた母親はセリフを覚えたそうで。初恋の人は、憧れの王子様ではなくてアラジンでした。おしとやかなプリンセスよりも、ジャスミン姫が好きでした。アニメ版のジャスミンはすごいんです。「真実の愛のキス」が特別なものであるというディズニーの世界で、ジャファーの気をそらしてアラジンを助けるために色気たっぷりにジャファーに迫り、自分からキスをするんですよ。(ちなみに、ジャスミンがそんなに頑張ってるのに、そのキスを目撃してしまってちょっとショックを受けるアラジンが可愛い)

でも実は、アニメ版のジャスミンってソロ曲がないんですよね。今回のジャスミン役ナオミ・スコットがインタビューで言っていたように、女性のキャラクターは他に出てこない。ジャスミンの友達は虎のラジャーだけ。だから舞台版で自由を望む彼女のソロ曲が追加されてわたしは嬉しかったんです。舞台版では名前こそ出てこないけれど、ジャスミンの侍女が3人登場して、姫のことを気遣ったり応援したりしている様子も出てきます。アニメ版が作られた時代から進んだというのもあるだろうし、アニメでは尺やメインターゲットが子供である点から描ききれなかったジャスミンの人間性や周囲の人々がどんどん見えてきて、そして今回の実写版では更に深められています。

字幕におけるジャスミンの言葉遣い

今回の実写版ですごく嬉しかったのは、ジャスミンの字幕に過剰な女性言葉が見られなかったこと。今まで映画に登場する女性は、その人間性や場面に関係なく「〜わ」「〜よ」と言った女性言葉が一律使われていました。もちろんこういった言葉遣いがふさわしい場面やキャラクターもありますが、最近ではキャラクターに合わないならやめようよ、という動きが映像翻訳の中にもあります。実写ジャスミンのセリフは、どれも自然な言葉に訳されていて、現代の生活の中で自分が使っても違和感のない言葉遣いでした。それでいて、ぶっきらぼうになることはなく、ちゃんとプリンセスらしさも表されています。

ジャスミンの新曲「Speechless」の字幕は素晴らしかったです。吹替はまだ観れてないけど、木下晴香ちゃんの日本語歌唱は聴きました。"I won't go speechless!"とジャスミンが力を込めて歌うところ、日本語では「叫べ!」なんですよ。字幕でも「叫べ」になってました。この訳詞に涙が出ました。「叫ぼう」とかじゃない。「叫べ」なんですよ。意味的にはちょっぴりずれるかなとは思うけど、リップシンク(吹替の時口の形をなるべく合わせる)的にも、意味の強さとしても素晴らしいと思う。

吹替もはやく観ようっと。

ラジャーの役割

アニメ版ではジャスミンの唯一の友達として登場するラジャーですが、実写版では少し役割が変わっているように思いました。実写版では、ジャスミンの侍女で親友でもあるダリアという女性が登場します。恋バナもできる、市場で出会った青年との恋も頭ごなしに否定したりしない、素敵な友達です。(ダリアがデートに誘われた時に、一回ドア閉めてジャスミンにガッツポーズして、ジャスミンが「はやく!!はやく行きなさいよ!!」って顔するの超絶可愛い。)一方でラジャーは、アニメ版よりも怖い本物の虎になりました。実写版におけるラジャーは、ジャスミンの内面を表している存在のような気がします。王女という立場で、女性という立場で、物理的な力を持てない、怒りをあからさまに表明できないジャスミンの代わりになっているのでは…と。

ちゃらんぽらんのアンダース王子は、ラジャーのことを「可愛い猫ちゃん〜よしよし〜」と見くびって痛い目に合います。ジャスミン自身の秘めた怒りや強い心に気づかず、美しさだけを褒めるからそうなるんです。(一方のアラジンは、ジャスミンのことを話すときに「賢くて、楽しくて、それに可愛い」の順番で言葉が出てくるんですよね〜好き〜〜)

そしてクライマックス、二度目のSpeechlessを歌う直前のシーン。ジャスミンを出て行かせようとする衛兵たちにラジャーは思いっきり唸って威嚇します。でもジャファーに「おとなしくさせろ、身のためだ」と言われたジャスミンは「大丈夫だから、」とラジャーを鎮めてしまいます。本当は怒りたい、叫びたい、こんなことにおとなしく従いたくないのに、その怒りを自ら押し込めてしまうジャスミンが悲しくて。抑圧されるジャスミン自身の怒りを表していると思えたんですよね。

黙らせようとする男たち

わたし、実写版アラジンを初めて劇場で観て、予定外に号泣してしまったんですよね。大好きなシーンが素晴らしいクオリティで実写化されてて、泣いたんですけど(特にフィナーレのとこ)、でもストーリー自体は知ってるしそこで泣くと思ってなかったのに。ジャスミンの叫びと、アラジンの優しい言葉に号泣してしまいました。

アニメ版よりも今回のジャスミンはもっと、聡明であり、国のリーダーになるために準備をしてきたことが描かれます。経験に基づいたものではないかもしれないけど、少なくとも得られる知識は全て吸収してきたし、それだけではダメだと自分でも分かっていて市場に出かけて行ったりするんですよね。だけど、ジャスミンが政治について発言しようとすると、ジャファーもサルタンも話を聞いてくれない。ジャスミンが意見を言うと、2人とも最後まで聞かずに話を遮るんです。聞いてすらくれない。ジャファーが「女は綺麗でいればいい、意見などいらない」と言うのはあまりにも分かりやすいけど、父親であるサルタンでさえ彼女の話を聞いてはくれない。

一方で、アラジンは一度もジャスミンの話を遮らない。ちゃんと最後まで聞いてくれる。人の話をちゃんと聞くって、当たり前のことなのにこんなことでアラジンが最高に良い人に見えてしまうのやばいよね。彼女の話をちゃんと聞いて、AWNWのシーンでも当然のように絨毯の手綱(?)をジャスミンに渡してくれる。そして、アグラバーの人たちを眺めながら「この人たちのことをちゃんと分かっている、そういうリーダーになりたい」と言うジャスミンに、アラジンは「なるべきだ」と応えます。この時点で、ジャスミンにとっては今までになかった反応だったと思うんですよね。ダリアにさえ、サルタンになりたいと言っても肯定してもらえなかったのに。だからジャスミンは「そう思う?」とアラジンに聞く。そしたらアラジンは「僕の意見が重要?(Does it matter what I think?だったと思う)」と。大事なのはジャスミンの意志であって。男が「そうするべきだ」と認めたからサルタンになれる、じゃないんですよね。アラジンのこの言葉が意外すぎて、無意識に自分の中にあった前提をぶち壊してくれたようで。僕がどう思おうと関係なく、君の意見は尊重されるべきだって言ってくれたようで、号泣しました。アラジンはやっぱりわたしの王子様だった。

終盤、ジャファーはまたジャスミンに沈黙を求めます。そろそろ王女らしく黙っていろと。ジャファーが国を乗っ取ろうとしているこの局面で、ジャスミンは最初と同じように部屋を去りかけます。彼女の怒りを表明したラジャーを鎮めて、反抗しようとする父親をも宥めて、黙って衛兵に腕を掴まれます。このシーンがもう辛すぎて。悔しいのに、怒っているのに、その怒りを自ら押し込めてしまうんですよね。自分自身の中にもその悔しさは覚えがあった。今世界で声を上げようとしている様々な人たちの悔しさも見てきた。そこからすでに号泣だったし、そしてもう黙らないと決意するジャスミンを見ながらもうずっと号泣でした。「黙っていることが賢い生き方と教えられてきた でももうそんなのは終わり」と歌うジャスミンの言葉は、はっきりと今この世界に向けられたもので。彼女は、自分の怒りを、エネルギーを、今度は自分自身の声で叫ぶ。その声は、自分を押さえ込もうとする衛兵に、そして優しい父親ではあっても話を聞いてくれないサルタンに、女は美しければ良いと黙らせるジャファーに向けられます。ナオミ・スコットがこんなに歌が上手いなんて知らなかった。彼女の表情が、エネルギーが素晴らしくて。Don't you underestimate me!!のところ震えました。そして実際ジャスミンはこの状況を解決しかけるんですよね。魔法の力は持っていないけれど、あの場で誰に呼びかければ状況を変えられるのか、ちゃんと知っている。ジャファーが2つ目の願いを使わなければ、勝てた。あのシーンだけで、ジャスミンが素晴らしい為政者になるだろうと思えた。世界中の女性に、弱い立場にある人に、とてつもないエネルギーをくれたシーンでした。

自分の人生は自分で決める

アニメ版・舞台版共に、物語の最後にサルタンは法律を変え、ジャスミンとアラジンは結ばれます。この部分が、実写版では少しだけ変更されていました。実写版では、サルタンはジャスミンに王の位を譲り、ジャスミン自身がサルタンとして法律を変えるんですよね。小さな変更かもしれないけど、大きな意味がある変更でした。

旧来のバージョンでは、父親の許しを得て結婚するという流れです。パパは将来王女も共に国を治めることとするって言ってくれるけど。実写版では、ジャスミン自身が自分の結婚相手を決めるんですよ。アラジンが、自分の道は自分で決めるべきだよねって言ってた。そうだよね。パパに変えてもらうんじゃない。「王女も共に治めて良いよ」じゃなくて、ジャスミン自身がサルタンになる。

もちろん舞台版もアニメ版も大好きなんですよ。実写版の変更は素晴らしいけど、前のがダメだってことじゃない。それぞれの時代に作られたものはそれぞれに素晴らしくて、それぞれに大好きです。ただ、2019年に作られた映画として、実写版の変更はわたしにとって最高でした。舞台版では「女性が国を治めてはいけないの?」とジャスミンに言わせ、さらに世界はここまで来たんだなあって。おとぎ話じゃないよ、イアーゴ。世界はどんどん変わっていくし、願わくばそれが良い方向に変わって行ってると信じたい。同じ作品でも、もちろん芯の部分・大事なメッセージは変えずに、時代に合わせたものになっていく。ありがとうディズニー。


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