見出し画像

素敵なトライアングル

 娘が子どもの頃、習っていたピアノの先生は、
フランス文化に造詣が深く、学究肌の、とても
素敵な方だった。レッスンは真剣で厳しいことで有名。それだけに付き添っていくといつも学びや感動があり、私も夫もたびたびレッスン室にお邪魔した。

 その先生がある時、「Mちゃん(娘のこと)の演奏からは絵が浮かんでくるよ」と、おっしゃった。ラベルの「マ メール ロア」を見ていただいていた時だ。「マザー・グース」を題材にして作曲された組曲である。先生の言葉を引用すると、ピアノの演奏を聴くと、そこから物語を感じさせる弾き手と、映像を思い起こさせる弾き手がいる、のだそうだ。とても興味深く、その後誰かの演奏を聴くときは物語派か映像派なのかーーあるいは何も出てこないのかーー注意するようになった。

          ◇

 村上春樹はリズムが自分の文章の必須の要素だと言っている。音楽から文体を学んだ、とも。このことばの意味を正しく解釈することは私には難しいが、どの文を頭から声に出して読んでみても小気味よく進行し、句読点でストン、と着地する心地よさに憧れる。打楽器の曲のようだと思う。また、江國香織が好きでひと頃よく読んでいたが、彼女の作品に触れると、さまざまな色や光が降ってくる気がして、とても映像的だと思った。プラス、匂いもやってくる。華やかなものではなく、例えば、果物(梨、柿、西瓜など)とか、焚き火とか、チューブの絵の具とか、箪笥の樟脳みたいな懐かしい匂い。どちらの作家もことばからクリエイトされることば以外のものが強く印象に残る。

 カンディンスキーの展覧会に行った時に、エネルギーを吸い取られたようにヘトヘトに消耗してしまった経験がある。あの時は、絵から雑多な音が私に向かって飛んできては突き刺さる気がした。金管楽器、木管楽器、弦楽器、打楽器が一斉に勝手な音を出しているような、主張、混沌、それでいて統合。

           ◇

 文学、美術、音楽。素敵なトライアングルだなと知る。もっと自由に楽しもうという気になる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?