【ショートショート】特殊能力

 電話が鳴ったーー出ないことにした。

 呼び出し音だけで、それが誰からでどういう用件でかけてきたかが分かってしまう。良くも悪くも僕の特殊能力だ。

 電話の主は5年前に啀みあって別れた元妻だ。僕たちの間に子どもはいなかった。今、彼女には新しい家族がある。

 鳴り続ける呼び出し音が〈何で無視するの?〉という彼女の、イライラを伝えている。

 僕に何かを打ち明けようとしている。彼女の仕事がらみのこと。深刻らしい。それから金を借りたいと思っている。相当額だ。僕は電話をやり過ごすことにした。新しいご主人もいるんだ。今さら彼女とは関わらない方がいい。それに関わりたくない、というのが本音だ。

 その日から4日連続でかかってきた。日を追うごとに呼び出し音が焦燥の色を濃くした。僕が電話に出ないことへの彼女の怒りが、どす黒い泥のうねりとなって押し寄せた。それでも僕は必死で耳をふさいで応答しなかった。

 以来、ぴたりと電話は来なくなった。

 
 3か月ほどしたある日、僕が何ひとつ感知できない電話がなった。電話主も用件も分からない。呼び出し音が無色透明なのだ。僕は迷った末、電話に出た。電話の声がこう言った。

 「ツメタイヒトネ……」
 
 

 それだけ言うと切れた。
 その前日、元妻が亡くなっていたことを、後で知った。
 
 

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