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[書評] ディランの歌の詩テクストの真の姿を知るために

大きい本だ。そして重い。

リクス(Christopher Ricks)らによるボブ・ディラン詩集の校訂版。

来日直前のボブ・ディランの歌詞を英詩として検討するためには、この本が欠かせない。

なぜか。

他に類書がないからである。

もちろん、ボブ・ディランの公式サイトや、公式詩集がある。だが、そこに載っている英文は、著作権登録されているテクストに過ぎない。英詩として成立つかどうかの校訂はされていないので、そのままでは分析に堪えない。

英詩として成立つかどうかは、どうやって判定するか。

まずは、ボブ・ディランが意図した通りの詩の姿をしているかどうか。

その姿は、英詩を聞く訓練をしたひとが聞けば、きちんと韻のある詩として、強勢がしかるべく配置された詩として、聞こえる。だが、それはむずかしい。

そこで、だれでも、目で見て英詩としての姿がわかるように校訂したのが本書である。

押韻した行が一目でわかるように改行がされている。

ボブ・ディランがアルバムで歌ったとおりの言葉が書きとめられている。

そして、その校訂作業をへた本書は、ディランの認可を受けている。公認の詩集である。

そして、本書は目で見ても楽しい。

大きいのにはわけがあって、ディランのLPジャケットと同寸大の写真が、各アルバムの章の初めを飾っている。それも、ジャケットの表だけでなく裏も。

本書に収められているのは、公式アルバムでいうと、1枚めの 'Bob Dylan' から35枚めの 'Tempest' までだが、最後に 'Another Self Portrait' というブートレグシリーズの10番が入っている。本書では、公式ブートレグシリーズの録音での歌唱も、歌の詩テクストの異版として掲載されている。

直近のヨーロッパ公演(2022年9-11月)でもやり、おそらく来日公演でもやると予想されるのが、'I'll Be Your Baby Tonight' という歌である。これを、公式サイトの歌詞で見ると、ブリッジ的な3連は次のようになっている。

Well, that mockingbird’s gonna sail away
We’re gonna forget it
That big, fat moon is gonna shine like a spoon
But we’re gonna let it
You won’t regret it

これは公式の詩集でも全くおなじだ。

それが、本書では次のように印刷されている。

Well, that mockingbird’s gonna sail away
 We’re gonna forget it
  That big, fat moon
  Is gonna shine like a spoon
 But we’re gonna let it
 You won’t regret it

お気づきだろうか。上のほうの3行が2つに行分けされている。

これを見れば、だれでも下のほうの3-4行の行末が moon / spoon の脚韻になっているのがわかる。このように、目で見て押韻パタンがわかるように印刷してある。

こうなっていれば、気がつく人は、あ、これはマザーグースの押韻とおなじだと、わかる。

Hey, diddle, diddle,
The cat and the fiddle,
The cow jumped over the moon;
The little dog laughed
To see such sport,
And the dish ran away with the spoon.

このマザーグース 'Hey, diddle, diddle' の3, 6行が moon / spoon と押韻していることは、英米人なら、だれでも知っている。子供のころから親しんでいるから。

この童心(?)に訴えかけての戦略は、〈マネシツグミが飛んでいき、月が輝いても、今はいいじゃないか。今晩は目を閉じて愛し合おうよ〉との口説きに功を奏するかどうかはわからないが。

Bob Dylan, 'The Lyrics', eds., Christopher Ricks, Lisa Nemrow, and Julie Nemrow (Simon & Schuster UK, 2014)

#書評 #ボブディラン #英詩 #校訂

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