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ディラン研究書解題(7)

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

ディラン研究書の紹介。今回は Anthony Scaduto, 'Bob Dylan' (1971) 。リトル・リチャードに憧れる少年期のディランから説きおこし、フォーク・ロックに至るまでを丁寧に跡づけた伝記。ディランの原点からの歩みが分ります。

これまでに紹介した研究書は次の通りです。

ディラン研究書解題(1)
ディラン研究書解題(2)
ディラン研究書解題(3)
ディラン研究書解題(4)
ディラン研究書解題(5)
ディラン研究書解題(6)

英詩のマガジンの副配信です。今月は配信が変則的で、副配信を主配信より先に配信しています。主配信の第1回は中旬頃の予定です。

目次
どんな人向きか
少年期
ウディ・ガスリーとの出会い

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Anthony Scaduto, 'Bob Dylan: An Intimate Biography' (Grosset & Dunlap, 1971)

[Helter Skelter, 5th Revised ed., 2001]

中村とうようがハンター・デイヴィスのビートルズ伝と肩をならべうる労作と評したディラン伝。ディランと関わりのあった人びとからたんねんに話を聞いて編まれた伝記。詳しく扱うのは1957年(ディラン16歳)から1972年(ディラン31歳)まで。1年ごとにディランに何が起きたかが手に取るようにつかめる。日本語訳もある(アンソニー・スカデュト、小林 宏明訳『ボブ・ディラン』二見書房、1973)。


どんな人向きか

少年期からのディランに興味ある人。

映画「ノー・ディレクション・ホーム」の断片の間をつなぐ物語に興味がある人。

ディランと関わりがある人のなまの声が知りたい人。

——以上のような人にはこの本はとてもおもしろいと思う。文章は読みやすい。

向いていないのは、特にロック期以降のディランに興味がある人。音楽的または文学的に専門的な分析に関心がある人。

ただ、音楽や文学に関心がある人に有益でないことはない。ディランが何を考えて生きていたかを知ることは、音楽や文学そのものの分析よりも役に立つことがある。ただ、詩や音楽のテクニカルな分析はほとんどない。


少年期

ディランが生まれたのは米国ミネソタ州東部のダルース(Duluth)という所だが、彼が6歳のときに一家はカナダ国境に近いヒビング(Hibbing, ミネソタ州北東部)という、鉄鉱山の近くの町に引っ越した。鉱山町ではあったが、鉄は1950年代までにほとんど掘りつくされた。ダルースの北西100kmのところにある。

上のミネソタ州の地図で右上にあるスペリオル湖の下の方の湖岸に Duluth が見える。その左上に Hibbing がある。州の下の方に黄色いエリアがあり、そこに州都のセントポール(St. Paul)と、その左にミネアポリス(Minneapolis)がある。ディランが後に入るミネソタ大学(University of Minnesota, 州立大学)はミネアポリスにある。

ボブ・ディランは1941年5月24日に Robert Allen Zimmerman として生まれた。電気店をやっているジマーマン家は裕福ではなかったが、商人として尊敬されていたと著者スカドゥートは書く。ユダヤ教徒の彼らは、ほとんどが労働者階級のカトリック教徒が住む町に暮らしていた。人種的には北欧人、クロアチア人、スラヴ人、ユーゴスラヴィア人、イタリア人がいる町だった。本書には出てこないが、ディランの父方の祖父母はロシア帝国のオデッサ(現在のウクライナ)からの移民であり、母方の祖父母はリトゥアニアのユダヤ人として移民してきた。ディランの自伝によると、父方の祖母の旧姓は Kirghiz で、トルコ系だった。

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