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[英詩]欽定訳聖書の英語

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

※「英詩のマガジン」の副配信です。

ボブ・ディランの 'I Pity the Poor Immigrant' の英語のスタイルについて、ディラン研究者のヘイリンは〈バラッドよりも、ミルトンの『失楽園』や欽定訳聖書の言語に依拠する〉という趣旨のことを述べている(Clinton Heylin, 'Revolution in the Air: The Songs of Bob Dylan 1957-1973' [Chicago Review P, 2009])。

さらっと書いているようにみえるが、これはかなり大きな文体上の指摘だ。

もし、この指摘が当たっているとすると、ディランの詩の言語について、大幅な再検討が必要になる。もちろん、その種の指摘はこれまでもされてきてはいるのだが、一部の研究者を除けばまともに詳細に取上げられることは少ない。

ボブ・ディランの歌のこれこれについて、聖書の影響や言及があると言われるくらいなら、簡単そうに思える。しかし、言語にまで影響を与えているとなると、問題は深い。

かなり大きな問題でもあるので、今回は、そのとっかかりとして、ごく基本的なことだけを押さえてみよう。

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名称

欽定訳聖書のことは、英語で Authorised Version という(下)。一般に英語圏では King James Version の呼称が使われることが多い。それぞれ、AV や KJV と略す。


テクスト

1611年の編纂の基本的なところを反映したテクストがあった方がよい。端的には、イタリクス体の使用と、small capital と呼ばれる書体(小文字の大きさの大文字)の使用がされているテクストがよい。イタリクス体は原文にないものを英語上補ったことを、small capital は特別の神名を、それぞれしめす。

ネット上に流布する電子版のテクストでは、これらが使用されていず、ふつうの書体のままであることが多い。ただし、King James Bible Online はイタリクス体は保持している。

欽定訳の翻訳としての意義を最低限おさえるために、これらの書体はあった方がよい。どちらか一つを選ぶとすればイタリクス体だけでもあった方がよい。small capital の方はいつも同じ語 (Lord) なので、いちど覚えれば対応できるが、イタリクス体の方は多様であるから。

具体的には、もっとも簡単なのは、紙の本を入手することだ。あるいは電子書籍のきちんと上記の書体を用いているものを入手することだ。

候補はいろいろあるけれど、入手しやすいものを1つ挙げる。

'The Bible: Authorized King James Version' (Oxford World's Classics, 2008)


ペーパーバック版が比較的安価(約2千円)で、Kindle版(電子書籍)がそれより少し安く入手できる。

テクストはしっかりしている。イタリクス体もsmall capital もきちんと使用されている(電子書籍版も)。

聖書の範囲は第二正典(Apocrypha)まで含まれているので、カトリックの場合でも対応できる。


語法

欽定訳聖書の語法の特徴は多岐にわたる。それについては専門的な研究が数多く存在する。語学的には、ヘブライ語(旧約聖書)およびギリシア語(新約聖書)の直訳的翻訳に由来する、英語の語法とはずれる用法などが指摘されている。

しかし、英詩、とくにボブ・ディランの詩にみられる聖書のことについて知るには、語法より前に、聖書と詩人との関係を概観しておく方がよいだろう。

概観を得るためには、聖書の概要を知っている必要がある。それには、少し時間はかかるが、いちど聖書を通読しておくのがよいだろう。通読するには、たとえば日本語訳を用いてもかまわない。

日本語訳については、好みの訳を用いればよい。最新のものは、2018年12月に発行された「聖書協会共同訳」(下)。

通読して内容をだいたい頭に入れたうえで、英訳聖書で辞書にも載るような表現のうち、英語話者の間で常識になっているものについては一通り知っておいた方がよい。

いま、辞書のことにふれたが、実は英訳聖書は英語の骨組みの一部に入っているといっていいくらい、深く広く浸透している。そこで、聖書由来の表現については辞書では多くの場合、箇所を挙げるだけで聖書本文は引用しない。そこで、具体的に知るためにはどうしても聖書のテクストが必要になる。


Michael Gray

ディランと聖書の関係を探った研究はいろいろある。が、ここでは、著名なディラン研究者グレイ (Michael Gray) のものを挙げてみる。

Michael Gray, 'Song and Dance Man III' (Continuum, 2000)

特に聖書についての章はないが、あちこちに聖書に関連することが書いてある。

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