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[英詩]Christopher Ricksインタビュー

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

※英詩のマガジンの副配信です。

本マガジンではおなじみの英文学者リクス (Christopher Ricks, 下) のインタビューがディラン専門誌 Dylan Review に載りました (Vol. 1.2, Winter 2019)。

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「現存する最高の批評家」(John Carey の評言) とも言われるリクスはディランに関する研究書 'Dylan's Visions of Sin' (2003) が有名ですが、ディランの歌のテクストの問題を考えるうえで重要な異文版詩集 'The Lyrics' (2014) について、このインタビューでは訊いています。

同詩集はリクスと、Lisa Nemrow および Julie Nemrow の3人の共同編集になる本です。リクス以外の2人についても、このインタビューでいろいろなことが分ります。

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[左から Lisa Nemrow, Julie Nemrow, Christopher Ricks; source]

さらに、ディランの詩の形や韻律についても、リクスの考え方が分ります。

今回はそのインタビューのうち、興味深い箇所をすこし紹介します。

'The Lyrics'

Bob Dylan, 'The Lyrics', eds., Christopher Ricks, Lisa Nemrow, and Julie Nemrow (Simon & Schuster UK, 2014, 下)

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ディランの歌のテクストを収めた詩集のなかでは最大であるだけでなく、出版された異文、唄われた異文、注釈を含み、ディランの詩の押韻形式を目に見えるように編纂してある詩集。

リクスはロマン派の詩人キーツやテニスンの研究でも有名。批評のスタンスは、作品の精読に基づく伝統的な読解。ジョンスン流とも言われる。流行の理論を用いた脱構築や解釈学やポストモダンなアプローチなどとは対極にある。作品中の言葉が引起こす広範な共鳴と、読者の側に対応して生まれる情緒との対話を丁寧にみる。つまり、インターテクスチュアルな読みと読者の反応との交流・交感を、批評の歴史に照らして考える。理論をふりまわし作品より理論家の方が偉いという傲慢な態度はとらず、作品に即して言葉のレトリックや形式を重視し、それが読者に生みだす情感を精緻にとらえる。

編者の Lisa Nemrow は、Boston University におけるリクスの教え子。Julie Nemrow とはその後に出会った。Lisa と Julie とは姉妹であり、どちらも Boston University で勉強した (Julie が妹)。ふたりは実業家で、自分たちの出版社 Un-Gyve をつくった。ふたりは長年のディラン・ファンであり、この詩集の計画をリクスが持ちかけると、美しい本を作ろうとすぐに決めた。

この詩集はたしかに美しい本だ。ディランの詩をできるだけ本来の姿で読めるように敬意と愛情をもって作られている。各アルバムのジャケット写真が各章の扉になっているだけでなく、ジャケット裏の写真もついている。

最大の特徴は詩行の1行が完全に視覚的にみてとれることだ。

ディランにかぎらず多くの詩集で残念ながらこのことは実現していない。たいていは本の物理的な制約下で詩行が途中で折返されている。ページの横幅が小さすぎるからだ。

詩人の行の意図が完全にくみとれるというだけでも詩集としては画期的である。多くの詩集ではページの横幅は予算の関係でここまで広くない。

大変に規格外の本だが、Simon & Schuster から全面的な協力があって出版された。960ページ、重さ6.9kg、LPレコードと同じ大きさで、組立ては手作りという、途方もない本だ (下)。ただの豪華本でなく、ディランの詩を愛する人のために作られた本。高価だがそれだけの価値がある。

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ディランとその代理人は、この詩集のテクストとデザインを認可し、編集者たちが修正するために必要な材料や情報は何でも提供したという (出典)。

ディランの公式サイトでもこの詩集は紹介されている(下)。

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3人の編者たちが最も重視したのは、もとの詩がもっている押韻形式を完全に目に見えるようにすることだ。そのために、押韻する行同士の頭がそろうように字下げされている。その結果、何が起きるか。隠されていた詩の構造が白日の下に明らかになるのだ。

インタビューでリクスはその具体例として 'Just like a Woman' を挙げている。

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