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[英詩]'John Wesley Harding' (4)

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

「英詩のマガジン」の主配信の3月の1回目です(英詩の基礎知識の回)。

本マガジンは英詩の実践的な読みのコツを考えるものですが、毎月3回の主配信のうち、第1回は英詩の基礎知識を取上げています。

これまで、英詩の基礎知識として、伝統歌の基礎知識、Bob Dylanの基礎知識、バラッドの基礎知識、ブルーズの基礎知識、詩形の基礎知識などを扱ってきました(リンク集は こちら )。

また、詩の文法を実践的に考える例として、「ディランの文法」と題して、ボブ・ディランの作品を連続して扱いました。(リンク集は こちら )


ボブ・ディランが天才と審美眼を調和させた初のアルバムとして 'John Wesley Harding' をグレーシク(Theodore Gracyk) が挙げる理由を考えています。本アルバムの抑制的言語 (economy of language) が聴き手にすべての詩句を熟考させること、言語的想像力の奔放な手綱を締めるのに、ディランが強力な伝統音楽を用いていることを、グレーシクは主張します。

本アルバムの頃のディランは、あまり多くの言葉を使わないこと、余計な部分を削ぎ落とし、隙のない詩行を目ざしていました。ギンズバーグは、当時のディランは、押韻優先の方向を封印し、意味の詰まった詩行で歌を前に進めていたと語り、例として ‘I Shall Be Released’ や、‘The Ballad of Frankie Lee and Judas Priest’ 等の強靭で簡潔なバラッドを挙げています。

そこで、具体例として、前々回は ‘The Ballad of Frankie Lee and Judas Priest’ の1連を分析し、併せてカーウォウスキ (Michael Karwowski) の1連と7連の解釈をみました。前回は同歌の2-11連を分析しました。

すでに本マガジンで取上げた同アルバムの歌は他に 'I Dreamed I Saw St. Augustine''All Along the Watchtower''I Pity the Poor Immigrant', 'The Wicked Messenger' です。

最近ますますディラン研究が盛上がっています。

前回も紹介しましたが、本アルバムを「最初の聖書的なロック・アルバム」('the first Biblical rock album') と呼ぶノルウェーの学者セルネス (Gisle Selnes) の論文を収めたディランの宗教的研究 'A God of Time and Space: New Perspectives on Bob Dylan and Religion' が公開されています (下)。

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同じサイトで Louis A. Renza の研究 'Dylan's Autobiography of a Vocation : A Reading of the Lyrics 1965-1967' も公開されています。

レンザはディランの傑作三部作 'Bringing It All Back Home', 'Highway 61 Revisited', 'Blonde on 'Blonde' を取上げたあと、'The Basement Tapes' と 'John Wesley Harding' を論じています。

最も長く続いているディランのファン雑誌 'Isis' を始めたバーカー (Derek Barker) の本 'Too Much of Nothing' は、「失われた歳月」と呼ばれる1966-78年を扱いますが、'John Wesley Harding' に大いなる意味を見出しています。

ディラン詩集の新しい翻訳も出ています。分量が多いので頻繁ではありませんが、台湾から中国語訳の全集が出て、日本でも新訳が近く出ます。

本マガジンではこれまで個別の英詩を扱ってきたのでアルバムを取上げるのは異例なのですが、これまで日本では 'John Wesley Harding' は ”無視してよいアルバム” と考えられ、まともに論じられてこなかったきらいがあるので、もう少し本アルバムを考えます。

最近のディラン研究の隆盛ぶりを観察すると、本アルバムの重要性の認識はますます高まっているようです。その理由は、簡潔に表現すれば、ディランの歌そのものにますます関心が高まっているせいではないかと思います。

その点で、英詩を扱う本マガジンにとっても本質的な問題にかかわるでしょう。

今回はつづけて、アルバム 'John Wesley Harding' について考えます。バーカーを参考に本アルバムのかぎの一つである hobo について考えます。


参考文献 (刊行年順、今回言及・参照した主なタイトルは太字)

・Anthony Scaduto, 'Bob Dylan: An Intimate Biography' (Grosset & Dunlap, 1972)
・John Herdman, 'Voice without Restraint: A Study of Bob Dylan's Lyrics and Their Background' (Paul Harris, 1982)
・Michael Gray & John Bauldie, eds., 'All across the Telegraph: A Bob Dylan Handbook' (Sidgwick & Jackson, 1987)
・Elizabeth Thomson & David Gutman, eds., 'The Dylan Companion' (Macmillan, 1990)
・Paul Williams, 'Bob Dylan: Performing Artist, Vol. 2: The Middle Years' (Omnibus P, 1992)
・片桐ユズル・中山容訳『ボブ・ディラン全詩302篇』(晶文社、1993)
・Andy Gill, 'Bob Dylan: My Back Pages' (Carlton, 1998; rpt. 2011 ['Bob Dylan: The Stories behind the Songs 1962-1969'])
・Michael Gray, 'Song and Dance Man III: The Art of Bob Dylan' (Cassell, 2000)
・Patrick Crotty, 'Bob Dylan's Last Words' in 'Do You, Mr Jones?' ed. Neil Corcoran (Pimlico, 2003)
・Christopher Ricks, 'Dylan's Visions of Sin' (Viking, 2003)
・Michael J. Gilmour, 'Tangled Up in the Bible' (Continuum, 2004)
・Paul Williams, 'Bob Dylan: Performing Artist, Vol. 3: Mind Out of Time' (Omnibus P, 2004)
・Greil Marcus, 'Like a Rolling Stone: Bob Dylan at the Crossroads' (Public Affairs, 2005)
・Mike Marqusee, 'Wicked Messenger: Bob Dylan and the 1960s' (2003; Seven Stories P, 2005)_
Theodore Gracyk, 'When I Paint My Masterpiece: What Sort of Artist is Bob Dylan?' in 'Bob Dylan and Philosophy: It’s Alright, Ma (I’m Only Thinking)', eds. Peter Vernezze and Carl J. Porter, 169–81. (Open Court, 2006)
・中川五郎訳『ボブ・ディラン全詩集 1962-2001』(ソフトバンク クリエイティブ、2005)
・Michael Gray, 'Bob Dylan Encyclopedia' (Continuum, 2006)
・Robert Polito, 'Bob Dylan: Henry Timrod Revisited' (Poetry Foundation, 2006) [URL]
・Nigel Williamson, 'The Rough Guide to Bob Dylan', 2nd ed. (Rough Guides, 2006)
・Suze Rotolo, 'A Freewheelin' Time: A Memoir of Greenwich Village in the Sixties' (Broadway Books, 2008)
・Derek Barker, 'The Songs He Didn't Write: Bob Dylan Under the Influence' (Chrome Dreams, 2009)
・Kevin J. H. Dettmar, ed., 'The Cambridge Companion to Bob Dylan' (Cambridge UP, 2009)
・Clinton Heylin, 'Revolution in the Air: The Songs of Bob Dylan 1957-1973' (Chicago Review P, 2009)
・Seth Rogovoy, 'Bob Dylan: Prophet, Mystic, Poet' (Scribner, 2009)
・Stephen Calt, 'Barrelhouse Words: A Blues Dialect Dictionary' (U of Illinois P, 2009)
・Clinton Heylin, 'Still on the Road: The Songs of Bob Dylan 1974-2008' (Constable, 2010)
・Greil Marcus, 'Bob Dylan: Writings 1968-2010' (Public Affairs, 2010)
・Sean Wilentz, 'Bob Dylan in America' (Doubleday, 2010)
・Clinton Heylin, 'Behind the Shades', 20th anniv. ed., (1991; Faber & Faber, 2011)
・Charlotte Pence, ed., 'The Poetics of American Song Lyrics' (UP of Mississippi, 2011)
・Robert Shelton, 'No Direction Home', revised ed., (Omnibus P, 2011)
・Howard Sounes, 'Down the Highway: The Life of Bob Dylan', revised and updated ed. (Grove, 2011)
・'Bob Dylan: The Playboy Interviews' (Playboy, 2012)
・堀内 正規、「カオスの中で場を持つこと -1960年代半ばのBob Dylan-」(早稲田大学大学院文学研究科紀要、58巻、5-18頁、2013 [URL])
・Bob Dylan, 'The Lyrics', eds., Christopher Ricks, Lisa Nemrow, and Julie Nemrow (Simon & Schuster UK, 2014)
Philippe Margotin and Jean-Michel Guesdon, 'Bob Dylan: The Story behind Every Track' (Black Dog and Leventhal, 2015)
・Editors of Life, 'Life Bob Dylan' (Life, 2016)
・Harold Lepidus, 'Friends and Other Strangers: Bob Dylan Examined' (Oakamoor, 2016)
・Bob Dylan, 'The Lyrics 1961-2012' (Simon and Schuster, 2016)
・Jonathan Cott, 'Bob Dylan: The Essential Interviews' (Simon & Schuster, 2017)
・Richard F. Thomas, 'Why Dylan Matters' (William Collins, 2017)
・鈴木カツ『ボブ・ディランのルーツ・ミュージック』(リットーミュージック、2017)
Louis A. Renza, 'Dylan's Autobiography of a Vocation : A Reading of the Lyrics 1965-1967' (Bloomsbury Academic, 2017) [URL]
・Jeff Burger, 'Dylan on Dylan' (Chicago Review P, 2018)
Derek Barker, 'Too Much of Nothing' (Red Planet, 2018)
・Timothy Hampton, 'Bob Dylan's Poetics: How the Songs Work' (Zone Books, 2019)
・Jim Curtis, 'Decoding Dylan: Making Sense of the Songs That Changed Modern Culture' (McFarland, 2019)
・Andrew Muir, 'Bob Dylan & William Shakespeare: The True Performing of It' (Red Planet Books, 2019)
Michael Karwowski, 'Bob Dylan: What the Songs Mean' (Matador, 2019)
Gisle Selnes, 'The "Gospel Years" as Symptom and Transition' in 'A God of Time and Space: New Perspectives on Bob Dylan and Religion', eds., Robert W. Kvalvaag and Geir Winje (Cappelen Damm Akademisk, 2019) [URL]
・Clinton Heylin, 'No One Else Could Play That Tune: The Making and Unmaking of Bob Dylan’s 1974 Masterpiece' (Route, 2019)

※「英詩が読めるようになるマガジン」の本配信です。コメント等がありましたら、「[英詩]コメント用ノート(202003)」へどうぞ。

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英詩の実践的な読みのコツを考えるマガジンです。
【発行周期】月3回配信予定(他に1〜2回、サブ・テーマの記事を配信することがあります)
【内容】〈英詩の基礎知識〉〈歌われる英詩1〉〈歌われる英詩2〉の三つで構成します。
【取上げる詩】2018年3月からボブ・ディランを集中的に取上げています。英語で書く詩人として最新のノーベル文学賞詩人です。
【ひとこと】忙しい現代人ほど詩的エッセンスの吸収法を知っていることがプラスになります! 毎回、英詩の実践的な読みのコツを紹介し、考えます。▶︎英詩について、日本語訳・構文・韻律・解釈・考察などの多角的な切り口で迫ります。

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'John Wesley Harding' が出る前

バーカーの本を読むと、バイク事故 (1966年7月29日) を契機としてディランが、さまざまの仕事の制約を離れ、生涯の中で最も豊穣で、創造的な期間の一つ (1967年12月に至る6ヶ月) を過ごしたことが、単なる充電期間にとどまらず、アーティストとしての彼に深い影響を及ぼしたことが感じとれる。

ツアーにつぐツアーの無理な生活と違い、家族や友人と過ごす静かな内省のときが、どれほど詩人ディランに大きな影響を与えたか。それは、アルバム 'John Wesley Harding' が他のアルバムといかに違っているかの理由の一つになっているのだろう。

仕事の制約から離れたかにみえて、契約に基づく音楽的な活動をディランがこの時期にしていなかったわけではない。'John Wesley Harding' が発売された1967年12月27日の前々月の10月に、14曲のデモ・テープ ('The Basement Tapes' 録音の一部、ディランとザ・バンドとの録音は1967年6-9月) が著作権を取得し、音楽出版社の Dwarf Music に登録された。ディランが1965年に設立した自分の出版社 Dwarf Music は、当時のマネージャの Albert Grossman が共同所有する会社だった。[半分グロスマンの所有だという契約内容をディランは当初知らなかったという。]

ディランの発言によると、これらの14の歌は自分のためのものでなく、他の人のためのもので、出版社[つまり Dwarf Music]のために書かれた。

14曲という数は Columbia Records との契約によるとする評論家がいる。そのことじたいは本当だが、実際にはその3ヶ月前に同レコード会社とディランは再契約しており、そこではレーベルに対して何の義務も負っていなかった。

しかも、この14曲のテープは同社に送られることはなかった。ゆえに、同社のために製作されたものでないのは明らかである。[1975年1月に、ディランは突然 'The Basement Tapes' 録音の一部の発表を許可し、Columbia Records は同年6月26日に24曲入り2枚組アルバム 'The Basement Tapes' として発売した (下)。これはザ・バンドのデモ8曲を含む]

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ともあれ、この14曲の Dwarf Music が権利をもつ歌は他の出版社に送られ、興味のありそうなアーティストたちに配られた。その14曲は次の通り。

- ‘Million Dollar Bash’
- ‘Yea! Heavy and a Bottle of Bread’
- ‘Please Mrs Henry’
- ‘Crash on the Levee’
- ‘Lo and Behold’
- ‘Tiny Montgomery’
- ‘This Wheel’s on Fire’
- ‘You Ain’t Going Nowhere’
- ‘I Shall Be Released’
- ‘Too Much of Nothing’
- ‘Tears of Rage’
- ‘Quinn the Eskimo’
- ‘Open the Door, Homer’
- ‘Nothing Was Delivered’

最初にこのテープに反応したのは、グロスマンがマネージャをしていた Peter, Paul and Mary で、彼らは1967年11月に 'Too Much of Nothing' のカバーを出し、ビルボードのポップ・チャートで35位まで上がった。

その後、これもグロスマンがマネージャをしていたカナダの Ian & Sylvia が、1968年に出したアルバム 'Full Circle' で 'Tears of Rage' を取上げた。

'The Basement Tapes' をめぐってこのようなことが1967年後半に起きていたのだが、それらの歌とは関係なく、ディランは 'John Wesley Harding' を12月に出す。上の14曲は同アルバムには含まれていない。今日、両者を聴き比べると、歌の向かう方向がかなり違うように聞こえる。だとすれば、半年くらいの短い間に、ディランはその類い稀な詩才を2つの異なる方向に向けたことになる。驚くべきことという他ない。

ここまでのことを簡単な年表にまとめる。

1966年
・6月20日 アルバム 'Blonde on Blonde' 発売
・7月29日 バイク事故
1967年
・6-9月 ザ・バンドとの「地下室」セッション
・10月 14曲のデモ・テープを Dwarf Music に登録
・10月17日、11月6日、11月29日 テネシーで録音
・12月27日 アルバム 'John Wesley Harding' 発売


'John Wesley Harding' と hobo

バーカーは何よりディランの歌詞を好む。ディランの伝記的側面を知りうる限り追跡することも怠りないが、その知識をすべて歌の理解に投入しているのがすばらしい。その上で著書 (下) では 'John Wesley Harding' の録音時の背景を詳細に跡付けつつ、アルバムの1曲1曲について先行研究をふまえて丁寧に読み解く。

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一般に批評家たちが問題にするマネージャのグロスマンのことを本アルバムの文脈で浮彫りにするところ (*) は興味深いが、目を引くのが源泉研究 (source study) の分野だ。グロスマンのことは、あくまで伝記的事実をもとに、当該の歌にあてはめるということなので、ディランの歌に時事性または即時性のみを求めることにつながる。それに対してソース・スタディは歌の源泉 (source) を分析することで歌の普遍性を明らかにすることにつながる。

(*) 例えば、'I Pity the Poor Immigrant' の 'Who eats but is not satisfied' について、レビ記26章26節 'and ye shall eat, and not be satisfied' に由来することを指摘しつつ、'gourmet Grossman, the son of an immigrant' がよく当てはまると述べている。

本マガジンはディランの歌また英詩一般に時を超えた普遍性があるという立場でアプローチするのを基本にしているので、源泉研究に着目してみる。もちろん、「プロテスト・ソング」のような歌については時事性こそが問題になる。だが、たとえ時事性をそなえていても、それだけでは時が経つうちに作品の価値は理解不能になる。時を超えて歌いつがれ読みつがれる作品については普遍性を検討することが有効だろう。

本アルバムについては聖書の引喩 (allusion) がしばしば指摘される。例えば、Bert Cartwright によれば、'I Pity the Poor Immigrant' でディランは8回以上、旧約聖書のレビ記に言及しているという。ほかの歌でも聖書を引く箇所は多い。そうしたことは英訳聖書の素養のある人、つまり平均的な英米人なら気づきやすく、研究も多い。

それらはバーカーも指摘する。だが、バーカーの著書の特徴は、もう一つの源泉である hobo の関連にも目を配っていることだ。

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