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Book/Film Reviews

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書評集
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#源氏物語

[書評] 若菜上

紫式部『源氏物語 34 若菜上』 長寿の祝いと幼い新妻が招く不均衡 33巻「藤裏葉」で光源氏は絶頂を迎えた。だが、巻の終りには朱雀院をめぐる〈ずれ〉が現れ、その後の波乱を予感させた。 その波乱が早速34巻「若菜上」で顕在化しはじめる。その引き金は、案の定、朱雀院である。 朱雀院は出家を決意するのだが、愛娘の女三宮の行く末が気がかり。出家後に弱ってきた朱雀院を源氏が見舞った機をとらえ、言葉は悪いが、朱雀院は女三宮を源氏に押しつけ、結婚を承諾させる。これが波紋の始まりとな

[書評]藤裏葉と〈ずれ〉

紫式部『源氏物語 33 藤のうら葉』 大団円(かと思いきや) 『源氏物語』をここまで読んできた読者からすると、やっと胸のつかえがおりた心地のする巻である。すっきりする。 第一部がここで終わる。光源氏はこの世の春を迎える。悶々としていた夕霧は晴れて雲居雁と結ばれるし、明石の姫は入内し、お世話役として母親の明石の君がついてゆく。六条院へは冷泉帝と朱雀院がそろって行幸する。 だが、物語はこのあと第二部、第三部と続く。光源氏の晩年といっても、40-52歳をえがく第二部、そして

[書評] 絵合

紫式部「絵合」(11世紀) 「伊勢物語」復権の観点から最重要の巻 源氏物語の第17帖「絵合」の意味合いについて考える。 * 時の帝は冷泉帝(源氏と藤壺の子)である。そこへ前の(伊勢)斎宮が入内し、梅壺に住まう。以後、梅壺の御方と呼ばれる(後の秋好中宮)。 この梅壺は亡き六条御息所(源氏の恋人)の娘で、源氏は自らの二条東院へ引取り、養女として育てていた。 若い冷泉帝には9歳年上の梅壺は馴染めなかったが、絵という共通の趣味をきっかけに、寵愛が増す。 先に娘を弘徽殿女

[書評] 葵

紫式部「葵」(11世紀) そらに乱るるわが魂を をめぐって 源氏物語の第9帖「葵」の全体ではなく、「そらに乱るるわが魂を」の歌(源氏物語和歌番号117番)の諸問題についてふれてみる。 この歌は六条御息所(源氏の恋人)がもののけとなって葵(源氏の正妻)にとり憑く物語の中に出てくる。弱った葵の様子を心配して加持祈祷を行わせている最中に、源氏の前で葵の声がする。 嘆きわび空に乱るるわが魂を結びとどめよしたがへのつま 大まかに言って、この歌には次の問題がある。 ① 歌のテ

[書評] 花宴

紫式部「花宴」(11世紀) 物のあはれと 朧月夜 源氏物語の第8帖「花宴」を読む。源氏は桜の宴で漢詩を作り、「春の鴬囀るといふ舞」を披露する。宴が終り、月の美しい晩に誘われ、酔心地の源氏は、藤壺周辺を訪ねるが戸が閉まっている。弘徽殿の渡り廊下で、ふと「朧月夜」の古歌を口ずさむ美しい声を耳にする。 歌っていた女性が源氏の近くへやって来たので、とっさに袖を捉えると、「 あな、むくつけ。こは、誰そ」(あら、嫌ですわ。これは、どなたですか[渋谷栄一訳])と言う。 そこで源氏は

[書評] 若紫

紫式部「若紫」(11世紀) 源氏最愛の女性との出会いは前生の縁か 源氏物語の第5帖「若紫」を読む。藤壺が源氏の運命の女性とすれば、藤壺の姪にあたる紫上は源氏最愛の女性。 その紫上がまだ十歳のおりに、十八歳の源氏は京都・北山で見初め、後見を申し出る。だが、育ての親の尼君はじめ周囲は、源氏の申し出を酔狂と考え、まともに受けとらぬ。この難関をいかに源氏が乗越えるか。そこが本巻の見どころ。 * 本巻は興味深い内容を多く含むので、原文を含めいろいろな現代語訳・注釈を読んだ。結

[書評] 空蝉

紫式部「空蝉」(11世紀) 最後の二首の謎解き・かな 源氏物語の第3帖「空蝉」を読む。空蝉は、伊予介の若い後妻であるが、源氏は第2帖「帚木」で初めて出会う。 この空蝉という女性はおそらく源氏物語において特別の登場人物と思われる。特別というのは、空蝉、紫の上、浮舟が作者・紫式部を投影している可能性があるからだ。この説は〈古典の改め〉というウェブサイトで初めて見た。同サイトは、イェール大学や東京大学からアクセスする読者が多い、稀なる研究ページである。 * 源氏は空蝉に初

[書評] 桐壺

紫式部「桐壺」(11世紀) 世の人ひかるきみと かゝやく日の宮ときこゆ 源氏物語の第1帖「桐壺」を読む。主人公の光源氏とその運命の相手、藤壺が早くも登場する。 この両名は原文でみると〈ひかるきみ〉および〈輝く日の宮〉と世の人がお呼び申上げると書いてある(「世の人ひかるきみときこゆ」「かゝやく日の宮ときこゆ」)。 現代語訳ではこの両呼称をさまざまに訳す。 与謝野晶子の昭和13-14年の訳では「光の君」「輝く日の宮」とし、明治44-大正2年の最初の訳では「光君(ひかるき

[書評] 新編 人生はあはれなり… 紫式部日記

小迎裕美子『新編 人生はあはれなり… 紫式部日記』(KADOKAWA, 2023) 才女批評と式部の自意識 『新編 本日もいとをかし!! 枕草子』では清少納言派だった著者が本書では紫式部派になっている。 それでも、何かにつけて、この二人の女性作家を著者が比較することはとまらない。紫式部本人も、清少納言は、他の作家たちと並んで、意識する対象だったのはまちがいない。 本書は紫式部日記をベースに、軽快なタッチで平安時代の宮中の雰囲気や、その周辺の人々の動きを、それぞれの思惑

[書評] 神作家・紫式部のありえない日々 1巻

D・キッサン『神作家・紫式部のありえない日々 1巻』(一迅社、2022) 紫式部(生没年不明、10-11世紀)が中宮彰子(988-1074)の家庭教師として宮中で過ごす日々を軽快な漫画で描く。その間に式部は源氏物語(執筆年代不明、11世紀)の創作を続ける。宮中の人びとのようすが内面を含めて現代的に描かれ、楽しく読める。宮中で源氏物語が回し読みされるさまを、現代の同人誌とそのファンに喩えるのがおもしろい。 評者は次の内容を自分用のメモとして脳裏に入れつつ読んだ。人物関係は、