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『真空のからくり』ノート

山田克哉著
講談社ブルーバックス

〝真空〟という言葉を辞典で引くと、「物質が全く存在しない空間」、「実質のないからっぽの状態。また、働きや活動が停止し、外部からの影響・作用なども全く及んでいない状態」、さらに仏教用語として、「一切の現象を空であり無であると観じた、そうした空さえも超えた空。宇宙万物の本体である真如の姿」(大辞泉)と解説している。
 広辞苑や他の国語辞典類を開いても、解説項目の順番は違うが、内容は似たり寄ったりだ。
 
 この本は、〝真空〟という何もないはずの空間がざわめき、そこから無限のエネルギーが生み出されている現象から、この〝真空のエネルギー〟とはどういうものかを量子力学をもとに解き明かそうとするものだ。副題は『質量を生み出した空間の謎』だ。

 筆者は理系出身ではないので、この本の内容を理解するのには限界があるが、若い頃から物理学や天文学が好きで、この世界の成り立ちを少しでも理解したいと思っていたので興味深く読んだ。
 
 真空の概念を理解するポイントと思われる文章をいくつか取り上げる。

「真空は、エネルギーをもっていないくせに、ほんの短い時間だけ『真空にエネルギー』を貸す」――お金がないのにお金を貸す銀行に喩えており、分かりやすいが、このあとの学術的な説明内容が難しい。
 また、絶対と思われていた「エネルギー保存の法則」が破られている状況が存在するという。それは「絶対ゼロ度における真空内」で惹起し、「発生源のないエネルギー」をもたらし、真空のいたるところで粒子の発生・消滅がランダムに繰り返されているというのだ。

 また、真空には何もないのではなく、〈構造〉があり、真空から発生する粒子は必ず「粒子-反粒子」の対になっており、真空から発生した「粒子-反粒子」対を〝仮想粒子〟と呼ぶ。しかしその様子を私たちは観測することができない。それは目の前に、たとえば1万分の1秒間だけ何か(仮想粒子)が現れても、その姿を目撃することはできないことと同じであるという。
 先ほども触れたが、真空では「対発生」と「対消滅」がランダムに繰り返されており、絶対ゼロ度で真っ暗闇かつ音のまったく存在しない〝完全なる静寂の世界〟であるはずの真空が、ひんぱんに出没する仮想光子や仮想粒子によって静かにざわめいている。真空は「ものが発生する場」なのである。

 私たちの周囲の空間は「ヒッグス場」によって埋め尽くされているが、真空のエネルギーが最低であるために、私たちはヒッグス場を感知することは不可能で、そしてヒッグス場の存在にかかわらず、真空は真空だと著者はいう。

 ここで光というものの役割が出てくる。質量もゼロで内部構造を持たない光子(フォトン)は、波動と粒子の二つの性質を持つことは昔から知られている。それを言い換えれば、「波が粒子としてふるまう」のであり、この事実はのちの量子力学の発展に直結している。そして、粒子としてふるまう光(=光子)は、〝真空のからくり〟を解き明かす主役の一人なのである。

 この宇宙の目に見える物質の全質量を計算しても宇宙全体の質量の約4・6%しかない。あとは、観測できないダーク・マター(宇宙の所々に塊で存在し、見えないのに重力を持ち、重力レンズ効果を引き起こす。宇宙の全質量の約23%)とダーク・エネルギー(宇宙全体に均等に分布しており、宇宙が膨張するスピードを加速する力を持つ。宇宙の全質量の約72%)に満ちている。あとの0・4%はニュートリノだ。
 このダーク・エネルギーの正体はいまだ解明されていない。著者は、いままで取り上げてきた真空のエネルギーがダーク・エネルギーであれば話は早いが、現時点でははっきりしないと述べている。
 このあとも、この自然界には、重力と電磁力、原子レベルの強い力と弱い力という4つの力があり、それらの力を伝達する役割を持つゲージ粒子のうち、弱い力を運ぶゲージ粒子のみが唯一質量を持つことへの疑問等々、真空というものに関連して次々と提示される。
 難解であったが、なんとか最後まで読み通した。

 ここまで書いてきて、これらに関連するような書籍を思い出して書棚を探してみた。
〝真空と無〟の問題の先駆的な著作として、1986(昭和61)年に刊行された『無から生まれた宇宙』(茂木和行 毎日新聞社刊)があり、その内容の哲学的側面に切り込んだ本に、同じ茂木和行の『ゼロの記号論』がある。

 最初に引用した「一切の現象を空であり無であると観じた、そうした空さえも超えた空。宇宙万物の本体である真如の姿」(大辞泉)という解説にあるように、仏教では空と無を立て分けている。そしてその立て分けさえも超えた〝メタ空〟(筆者の造語)ともいうべき概念が、この宇宙の成り立ちの根源の姿を現しているのかも知れない。

 難解だが面白いのがこのジャンルの本だ。それを全くの素人の筆者が理解できたとしても何かに役に立つわけでもなく、人生が変わるはずもないのだが、面白いものは面白い。

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