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『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』ノート

ジェームズ・R・チャイルズ著
高橋健次訳
草思社文庫
 
 スリーマイル島原発事故や超音速旅客機コンコルドなど航空機の墜落事故、スペースシャトルの爆発事故、高層ビル倒壊など、西暦2000年までに起きた50あまりの多様な事故の原因を詳細に分析・検証して、企画設計段階及び構造的原因と人的・組織的な原因について明らかにしようとした力作である。
 
 人類の欲望や好奇心が原動力となって科学技術が発達し、様々なものを創り出すことが社会の発展――それは決していいことばかりではない――を促し、それがさらに様々な巨大で複雑な技術を産み出していく。
航空機の大型化・高速化、軍事面における原子力艦船の発達、そしてあらゆるものの生産に必要な電気エネルギーの需要増大に応えるための大規模発電所とりわけ原子力発電所、さらには様々なモノの材料を作る化学プラントなど、その規模が大きくなればなるほど、それらを作りだした人間がコントロールあるいはチェックできないような、作るときには想像もしなかったテクノロジーの陥穽あるいは死角が増大する。
 
 第12章まであるが、その中の印象的な小見出しのいくつかを紹介すると――( )内は筆者の加筆――「あらゆる不具合の徴候を無視しつづける(ことの危険さ)」「自分だけはうまくやれる、という幻想(を持ってはならない)」「危機が起こる確率をどう評価するか」「作業員のパニックとチェルノブイリ事故」「睡眠不足がもたらす極端な能力低下(を甘く見るな)」「感情の暴走がもたらす人間の限界(を知れ)」「前兆のない事故はない(ことを忘れるな)」「徴候を敏感に感じとる能力を磨け」「『あ、しまった!』の一言で失われるもの」「成功と失敗を確実に共有していくシステム(が必要だ)」「いつでもどこでもミスは起こっている(ことを忘れるな)」「権威が正しい行為をさまたげるとき(もある)」「事故は企画・設計の段階で生じる」「長時間のうちには確率の低い事故も起こる(ことがある)」「コンピューターを使えば状況把握は完全か(コンピューターを過信するな)」「最後の最後まであきらめないことが大切」「情報を封印するなかれ」――多く取り上げたが、これらの一つひとつが、巨大技術をコントロールする技術者への警句や教訓となっている。
 
 大事故を後から振り返って、そんな事にも気がつかなかったのかと批判するのは易しいが、設計者が想像もしなかったような、マニュアルにもない事態に直面したとき、人間はパニック状態に陥り、その判断力の脆さを露呈するのは稀ではない。何か事故が起きた時、人為的ミスだけに原因を帰して、システム自体は安全だったとするのは、また同様の事故を引き起こすだけであろう。万一事故が起きた場合に、操作している人間の判断力を失わせるような脆弱なシステムの方に問題があるのだと思う。
 
 アメリカのスリーマイル島の原子力発電所の事故では、コンピューターは、何百という警報が入ってくると即座にその主要情報を記録できたが、操作員が情報を確認するためのプリントアウトは1分間につき15行しかできなかった。緊急事態のある段階では、プリンターは2時間以上も送れた情報を打ち出していた、とある。これでは緊急事態に対処できるわけがない。
 
冒頭に書いたが、本書の原著は西暦2000年までに起きた大事故を取り上げており、2011年3月11日に発生したマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が引き起こした大津波が直接の原因となった福島第1原子力発電所の爆発事故は取り上げられていない。もし取り上げられていたら、著者はどのような原因究明へのアプローチをしたであろうか。
 
緊急事態や事故対応マニュアルに載っていない事態が発生した時、人間の経験と判断力、決断力が悲惨な事故を回避できた例も取り上げられていることに、いくらか救われた気がした。
 

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