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『歳月』ノート

鈴木敏夫著

岩波書店刊

 私事から始めて恐縮だが、所用で三鷹市に出かけた。人を待っている間に、この本を開くと、本文の書き出しに「三鷹の森ジブリ美術館……」とあるではないか。私はジブリアニメのファンで、本屋で背表紙の著者の名前をみて購入しただけで、中を開いてはいなかった。他愛もないことだが、最近、このようなシンクロが多いような気がする。

 260ページ余りの本であるが、その内容がまた私的なシンクロ続きで面白く、一日で読み終えてしまった。

 鈴木敏夫が仕事上あるいはプライベートで出会った著名人とのやり取りや、その時の印象など様々なエピソードが綴られている。一人あたり3ページの短い文章だが、著者と登場人物の人柄や個性が凝縮しており、読み応えがありながら、さらさらと読めて味わい深い。

 キャロライン・ケネディさん(元駐日大使)が日本に大使として赴任してきたときに、ジブリに連絡があったそうだ。一家あげて日本のTVアニメ「アルプスの少女ハイジ」の大ファンだった。このアニメは、若かりし頃の高畑勲と宮﨑駿が制作に携わったテレビシリーズだったので、是非ジブリを訪問したいとのことだった。

 筆者(私)がある時期に所属していた男声合唱団の指揮者であったO氏(故人)が「アルプスの少女ハイジ」のオープニングテーマ曲のホルン奏者だった。私が親しくしていただいた頃は、前歯が欠けてもうホルンは吹けないと笑っておられた。

 永六輔さんとの出会いのところでは、こう書かれている。

「永さんは、いつも何も書いていないはがきを手元にいっぱい用意していたらしい。そして、時間の許す限り、手書きのはがきを書き続けた、と。」

 筆者が30代の終わり頃のこと。カーラジオで永六輔の番組を聴いていて、何のテーマかはっきりとは覚えていないが、リスナーからの投稿を募っていた。おそらくダジャレ募集みたいなテーマだったと思う。

 私はふと思いついて、「リーダーシップと言い出しっぺは似ている」と書いて送ったら。永六輔さんから直筆の御礼の葉書が届いたのだ。「永六輔」の字をデフォルメしたスタンプが葉書の真ん中に捺されており、印象的であった。いまも書斎のどこかの箱に保管してある。リスナーとして投稿したのは後にも先にもこれ1回だけだ。

 このほか、加藤周一さん、高畑勲監督、手塚治虫さん、渡辺京二さん、荒木経惟さんのところでシンクロしたが、中身は略す。

 登場人物は、作家、俳優、落語家、政治家、歌手、野球選手、漫画家、実業家など多岐にわたるが、どれも面白い。

 あとは印象に残った一節をいくつか――。

「点と点で繋がっているのだけど、ずっとは一緒にいない。でも、ふっと再会すると、時間を共有できる。そういうのがいい!」

 こういう交友関係はとてもいいと思う。

 著者がディズニーの幹部であったマイケル・O・ジョンソンさんと会ったときに、投げかけられた言葉――「SUZUKIさん、あなたの〝PLAN B〟は何ですか?」。

 著者は最初その意味が分からず、キョトンとしてしまった。その意味は、「あなたは、第二の人生で、何をやる予定なのか?」であった。

 著者の答えは、ぼくの人生にヴィジョンは無い。いつもなりゆきで生きてきた。加藤周一さんが指摘したように、多くの日本人がそうであるように、ぼくにしても「今、ここ」で生きていた――であった。

 筆者も学生時代に先輩から、「ヴィジョンを持て」といわれたが、結局はっきりしたものは持てないまま生きてきた。いま振り返ると、筆者もかなりの確率でなりゆきのまま〝今、ここ〟で人生を重ねてきたと思う。

 ジブリといえば高畑勲と宮﨑駿だが、そこに鈴木勲プロデューサーが加わることで、そのアニメ映画の魅力が何倍にもなっていることがよくわかる内容であった。

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