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『野呂邦暢 古本屋写真集』ノート

写真・エッセイ 野呂邦暢
岡崎武志&古本屋ツアー・イン・ジャパン編
ちくま文庫
 
 野呂邦暢は、『草のつるぎ』で1974年の第70回芥川賞を受賞した作家で、42歳で急逝した。その彼が愛してやまなかった神田神保町をはじめとして早稲田、池袋、渋谷、荻窪などの古本屋(街)の写真を撮りためていたのが分かったのは死後のことであった。
 この本は2015年に書肆盛林堂から500部限定(定価2500円)で刊行され、新刊本はすぐに売り切れ、いま古本市場では15,000円以上の高値でしか入手できない。それが昨年の11月に待望の文庫化がなされたことを知り、私はすぐに購入した。
 
 野呂邦暢は長崎市生まれで、戦時中に諫早市に疎開し、長崎原爆のためその後も諫早市に住み続け、高卒後上京するもすぐ帰郷した。その後、陸上自衛隊に入隊し、程なく除隊。『草のつるぎ』はその時の体験を元にした小説である。諫早市で家庭教師をしながら、作家生活を続けたが、わずか42歳で逝去。
 私の本棚には、『草のつるぎ』のほか、『鳥たちの河口』(芥川賞候補作品)、『諫早菖蒲日記』が並んでいる。ちなみに野呂の命日は5月7日であるが、毎年5月の最終日曜日には諫早市にある上山公園の文学碑の前で「菖蒲忌」が行われている。
 
 収録された神保町などの写真は、1976(昭和51)年前後に野呂自身が上京して撮った写真であるが、その数年後に転勤で上京した私にとっても懐かしい写真が多い。写真によってはカラーが退色したり、セピア色に変色しているが、それがその時代を感じさせて〝懐かしい〟の一言だ。靖国通りを下って右側にある一心堂書店、村山書店、玉英堂書店、東陽堂書店の並びはいまも変わっていない。そこに映っている人々の服装だけが時代の変遷を感じさせる。
 時には遠慮がちに店内や店頭の100円均一本の平積みを撮ったり、また町並みと通行人を急ぎ撮ったりしたのであろうか、ピンボケの写真もあるが、それがまた味わいとなっているのが不思議だ。
 御茶ノ水駅のホームの写真や車窓からの写真も数枚あり、古本屋の店頭で自分を撮った写真もある。誰かに頼んで撮ってもらったのであろうか。それとも同行者がいたのか、それは分からない。
 
 後半は、編者の一人である古本屋ツアー・イン・ジャパンの管理人の小山力也氏の解説、第2部「古本屋のある日々」には野呂本人のエッセイが9編、第3部には、編者の岡崎武志氏と小山力也氏の「野呂邦暢と古本屋」と題した対談が収められており、古本屋の歴史やいろんな裏話が出てきて、〝古本屋愛〟にみちていて興味深い。久しぶりに、神保町に足を運んでみたくなった。
 
 

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