見出し画像

『密やかな結晶』ノート

小川洋子著
講談社文庫 新装版

 小川洋子の小説を取り上げたのはこれで2冊目だ。
 以前、同じ著者の『人質の朗読会』を勧めてくれた友人からこの作品を勧められて読み始めたが、すぐに不思議な物語の中に引き込まれた。
 読み進めていくうちに筆者(私)自身がこの小説を読んでどう感じるか確かめたい、言い換えればこの作品から「お前はどう読むのか」と挑戦を受けているように感じた初めての小説だ。

 主人公は小説を書くことを生業としている女性。舞台はある島――物語の後半には特急が走る鉄道が出てくるので、決して孤島や小さな島ではない。

 この島に住む住民はいろんなものを失っていく運命にある。
 主人公は子どものころに、母親から、心の中のものを順番に一つずつ、なくしていかなければならないといわれてきた。

 島で何かの〝消滅〟が起こると、しばらく島はざわつき、住民たちはそれについて思い出話をするのだが、そのうち何をなくしたのかさえ思い出さなくなるのだ。〝消滅〟を引き起こすのは一体何ものなのかは分からない。けっして人為的な〝消滅〟ではないことだけは確かだ。
〝消滅〟の対象物が形のあるものであったら、みんなで持ち寄って燃やしたり、埋めたり、川に流す。しかしそんなざわめきも数日でおさまり、元通りの日常を取り戻し、そのうち何をなくしたのかさえ誰も思い出せなくなる。

 しかし、主人公の母親は、これまでこの島で〝消滅〟してきたリボンや鈴、宝石のエメラルドや切手、香水などを地下の仕事場の階段の裏の古いタンスの中に隠している。彫刻家である母親は、他の住民と違って〈忘れない人〉であり〈何もなくさない人〉で、その一つひとつの物についての物語を幼かった彼女に話して聞かせてくれた。

 中でも〝香水〟の話をしているときの母親の生き生きとした姿が彼女の心に残っている。
 昔はみんな、いい匂いを感じることができ、素敵だと思うことができたのだが、いまや香水はどこにも売っていないし、誰も欲しがらない。心からも香りをなくしてしまった、と母親はつぶやく。そして、自分の首筋につけた香水の匂いをかがせるが、主人公にとって香水はただの少量の水の匂いとしてしか感じられないのだ。

 ある日、母親は〝記憶狩り〟を任務とする秘密警察によって連行されていった。何かの〝消滅〟のたびに、母と同じような、記憶を失わない特殊な人間を見つけては残らずどこかに連行していくのだ。この島に、記憶を持つ人間が残っていると〝消滅〟が徹底できないからだ。母親は心臓発作の死亡診断書とともに遺体で帰ってきた。

 ある日、秘密警察が鳥類学者であった父親の仕事部屋を捜索に来て、全てのものを持ち去ってしまった。その部屋に閉じ込めておいた父親の気配はすっかり消え去り、取り返しのつかない空洞になってしまう。
 捜索の前の日に鳥が〝消滅〟したのが仕事部屋捜索の理由だった。従順な住民たちはそれぞれ飼っていた鳥を空に放した。彼女は、5年前に亡くなった父親が鳥の〝消滅〟に直面しなかったのはよかったと思うのだ。

 主人公は、これまで3冊の本を出している。
 一冊目は、調律師が、耳に残った音色を頼りに、ピアニストだった行方不明の恋人を探して、楽器店やコンサートホールをさまよう物語。二作目は右足を事故で失ったバレリーナが、恋人の植物学者と一緒に、温室の中で暮らす物語。三冊目は、染色体が一番から順に溶けてゆく病気にかかった弟を看病する姉の物語。すべて何かを失う物語だ。
 彼女が紡ぎ出す小説の筋書きさえも、この島に生まれた人間の運命をなぞるのか。幼いころから〝消滅〟を母親から聞かされ、実際にさまざまな〝消滅〟を経験してきた主人公の心理の反映なのか。

 彼女はいま第4作目を書いているところだが、それはタイピストが声を失う物語だ。編集者は原稿を読みながら、あらゆるものが消えてゆくだけの島で、こうして言葉で何かを作り出せることは不思議だ、と物語が綴られた原稿用紙をなでる。しかし、彼女は、もし言葉が消えてしまったらどうなるのだろうと胸の奥でつぶやく。
 やがて、その懸念は現実になる。

 この編集者が、主人公の母親と同じ〈忘れない人〉であったことがわかり、彼女は、亡くなった父親が書庫として使っていた中二階の小部屋を改造して匿おうと決心し、幼い頃から家族ぐるみでお世話になっていたおじいさんに協力してもらい、住めるように改造してもらうことになった。

 そして、彼女は小説を書き進めては、小部屋に潜んでいる編集者に読んでもらうのだが、そのうち小説が〝消滅〟の対象になる。本も図書館もすべて燃やしてしまわなくてはならないことになってしまう。

 物語を綴ることが許されなくなったが故に、文字も自由に書けなくなった彼女に、編集者は、小説は役に立つか立たないかで区分けできるようなものじゃないと励ます。そして〝消滅〟のたびに記憶は消えてゆくものだと思っているかもしれないが、本当はそうじゃない。光の届かない水の底を漂っているだけだ。思い切って手を深く沈めれば、きっと何かに触れるはずだ。それを光の当たる場所まですくい上げるのだと励ます。
 この場面は、小川洋子が小説について自問自答をしているように思えるし、小説というものの存在の意味を書き留めたように思える。

 彼女がこの物語の中で書き進めてきた4作目の小説――この物語にところどころ挟まれている――は、この『密やかな結晶』の彼女の語りとパラレルワールドになっている。

 作中小説の主人公は、タイプライター教室の教師によって時計塔に幽閉された女性。タイプライターに声を奪われ、意思を伝える術も失ってしまい、ここに連れてこられた。時計塔には、壊れたタイプライターが山のように積まれていた。彼女は、いまは教師の言葉しか理解できなくなってしまった。そしていつのまにかその境遇に慣れ、閉じ込めた教師を恨むでもなく、あるときは食事を持って、あるときは自分に会いに来てくれる教師の足音をただただ待っている。彼女にとっては教師と時計塔が自分の世界の全てなのだ。時計塔に閉じ込められているというのは、人間は時の流れには抗いようがないことの暗喩であろう。
 そのうち教師がこの時計塔に新しい女性を連れてくることが分かる。彼女は肉体も感情も感覚もすべて彼の存在で保ってこられたにもかかわらず、教師の関心――決して愛ではない――を失って、肉体さえも自分から遠ざかり、彼女に最後の時が訪れる。

 一方、主人公の女性は徐々に身体全体が〝消滅〟していく。最後に残っているのは〈声〉だけだ。しかしその声も、自宅の小部屋に匿い、食事を運び、お互いに愛し合った編集者の両腕の中でやがて消えていき、〝わたし〟の全てが消えてゆく。

 人間が物だけではなく、それから派生する概念や生きている証しである感性までも徐々に失っていくことの怖さの物語として、さらに自分を取り巻く人間関係や人への愛、そして自身の肉体の死を含むあらゆるものの〝喪失〟の物語として筆者は読んだ。残るのは、人の心の中に残る記憶だけなのだ。

 この作品は、現代社会の急激な変容の中で否応なしに生きていかざるをえない人間たちの寓話とも読める。また社会体制に順応して生きることで、この世で起きたことの記憶を彼方に追いやろうとする時の流れに抗して、そのことを忘れず、掘り起こし残していくことの大切さをこの物語に込めたのかもしれない。

 いま読み終えて思うのは、人が亡くなったことの悲しみは、残された者にとっての悲しみにすぎないということだ。
もし遠い将来、予測されているように、地球が滅び、生きとし生けるものが残らず滅びたときには、それを悲しむ人間もおらず、そこには〝悲しみ〟も〝虚しさ〟も存在しないことになろう。

 小説の主題や作者が表現したかったことを読みとることは、読書のひとつの楽しみであり、読者としての〝責任〟でもある。それがたとえまちがった責任の取り方であっても。

 書名の『密やかな結晶』とは……あなたにとって何だろうかといま問いかけられている。

 この作品は、2020年度の「英国ブッカー国際賞」の最終候補作品となった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?