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「心の靴ズレ」が起きた話

今おかれている環境が、どうもうまいこと馴染めなくて、細かく衝突して、細かく傷ついて、みるみる消耗していく。

この感覚が「靴ズレに似てるな」と思った話。

何をしても、相手に迷惑に思われてる(気がする)

仕事の進め方、仕事に対するスタンス、アウトプットの仕上がり基準、などなど。

同じ仕事をするにしても、人それぞれの尺度というか価値観がある。

大抵はこの辺の目線を合わせたりして、なんとなく尺度が合った上で(気のせいかもしれないが)仕事を進めていくので、議論のマトになるのが「仕事の内容」のはず。

「このプレゼン資料、デザイン見せるタイミングが少し早くない?」
「WEBページの調整案だけど、もう少し要素を減らしたいかも」

しかし、しかし、しかし。

尺度や価値観がうまいこと合ってないと、なかなかこんな会話にはたどり着けず、そもそも論で議論しがちに。

「資料の確認してほしいってのは分かるけど、そもそも資料を作る前に目次レベルで相談に来て欲しいな。だいたい仕事の進め方をもっと細分化して(略)」
「WEBページの調整案の話の前に、そもそもペルソナだったりKPIだったり与件整理のすり合わせをすべきじゃないかな。それに確認を回す際に説明資料とか(略)」

書類用意したり、デザインしたり、調査をしたりする側としては「なんだか迷惑をかけてしまったようだ」と残念な気持ちになる。

うまく仕事の価値観や尺度が合わない場合は、どうしてもこうなってしまう。

靴ズレのように細かな痛みが蓄積する

日々の小さな衝突だったり、細かな叱責が蓄積すると、気づけば大きな歪みになって現れてくる。

(あれ?どうやって進めたらいいんだろう?このやり方もダメかも?なんだかヤル気がでないぞ。。)

人それぞれに信条があって、ポリシーがあるがゆえに、それがどうしても合わない場合が。

相性の合わない環境・相手と仕事をする場合に、こんなような靴ズレのような痛みを生んでしまう。

靴ズレした時って「靴のせい」ではなく「相性のせい」

気に入って買った靴が、履いてみたら靴ズレしてしまう場合

「わたしにはこの靴合わなかったんだ。残念・・・。」

という心境になることに気づいた。

「なんで俺の足にフィットするようにできてないんだ」

という風に、靴を責めたりしてないなと。

問題は靴と自分との相性が悪かった、ということなので相性の合う靴を履けばいいわけです。

心の靴ズレ問題も、つまるところ相性が要因。

フィットする環境に身を置きなおすのが一番得策なんです。

さいごに

心の靴ズレは、なめてはいけません。

精神的にダメージ蓄積すると、場合によっては立ち上がれなくなる場合があります。私も、どうしても起き上がれないほど無気力な日が訪れてしまい、仕事を数日休んだことがあります。

体が資本というように、おなじく心も資本なので、よき環境に身を置き直して励むことが最善と考えます。

担当する企業を変更させてもらったり、部門を異動してみたり、会社そのものを変えたり。

環境を変える方向で動き始めた方が、長い目で見て自分を助けることになるはずです。

サポートいただけたら、嬉しくて本屋に行くと思います・・・笑