【1話完結】「持てる者と持たざる者」
職場のある金融街から電車を乗り継いで三駅、閑静な住宅街と形容するに相応しいこの町の夜に一人、男は帰路につこうとしていた。片山亨(とおる)は大手証券会社に勤務していた。身に余るほどの報酬を得、大学時代に口説いた妻と教科書通りの思春期に突入した中二の娘と三人で暮らしている。特段大きな挫折も、人生のピンチも訪れず−父親と同じ洗濯機で衣服を洗わないで欲しいと云われた時以外は−、ここまでやってきたのだ、と彼はそう考えていた。革靴のカツカツと鳴る音が、二一時のアスファルトに刻まれていっ