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私の名前は

外国人と結婚した私の姓は生まれた時のまま、変わっていない。

変更しようと思ったことなんてないし、変更する必要性も見当たらない。


日本では女性が結婚をすると苗字が変わる。それは家族となる夫の戸籍に名前が移るからだ。婿養子はその逆で、妻の戸籍に夫が入り、入った戸籍の筆頭者である妻の姓を名乗ることになる。

日本に戸籍のない外国人と結婚する場合は、婚姻をする日本人が筆頭者になる戸籍が新たに作られ、説明だか備考だかの欄に「どこそこ国の誰それさんといついつどういう風に婚姻がされました云々」と書き加えられる。家族の欄に外国人である夫や妻の名前はない。日本人ではないからだ。

子供が生まれればその戸籍に子供の名前が書き加えられるのだが、私に子供はいないのでひとりぼっちの戸籍のまま。次に何かが書き加えられるとしたら、離婚再婚、死亡の日付くらいだろう。殺風景なものだ。


そんな私の戸籍を元にして発行されるパスポートの名前は結婚する前も後も変わらない。

パスポートを使って外国人と夫婦であることの証明が必要な人には括弧付きで配偶者の名前を書き足すこともできるが、リクエストベースでのサービスとなる。何だか面倒だったので私のパスポートには書いていない。

私の名前は生まれた時も結婚した後も同じまま。


だがフランスでの日々の生活で私が使っているのは夫の姓だ。

フランス人の配偶者として発行された私の滞在許可証には夫の姓が記載されている。だから夫の姓を名乗ることで困ることは何もない。身分の証明もちゃんとできる。

日本に帰ったり日本関連で何かをするときは本名を使う。フランスの名前は発音が難しく、カタカナ表記をするのが面倒だからだ。

公的な本名ではないけれど通称とでも言うのだろうか、そうやって2つの姓を使い分けて暮らしている。


フランスでは結婚する際に自動的に名前が変わるシステムはなく、変えたければ変えられる、くらいのものだ。

日本のような家(姓)単位の戸籍はないし、夫婦が別姓でも特に困ることがない社会だからそれでいいのだ、と誰もが特に何の不便も感じずにそうやって暮らしている。


◇◇◇


カトリック系私立の女子校を卒業した私の実家には年に一度、学校から会報が送られてくる。学校の近況やお知らせや恩師の言葉などが書かれた会報とともに寄付金の振り込み用紙が送られてくるのだ。

フランスに住み始めてからは両親が、その日本でしか使えない寄付金の振り込み用紙の入った会報をフランスまでわざわざ転送してくれる。定期的に日本の物を送ってきたりすることなんて完全絶対にない放任なあの両親が、この会報だけは必ず転送してくる。


そんな会報の宛先名の苗字が、あるときから急に見知らぬローマ字に変わった。夫の名前に似ているがスペルが違う。下の名前は私の名前だ。

誰やこれ?

一時帰国をした際にそれとなく母親に聞いてみたら、「あんたの結婚した後の名前を聞かれたから教えたんよ」と言った。

「聞かれた時になんで確認してくれへんの?結婚しても名前変わってないからわざわざ変えんで良かったのに。しかも綴り全然ちゃうで、誰これ?」

母親は「ヘ?あ、そっ」とバツが悪そうにそそくさとどこかへ立ち去って行った。


ちょうど十何年ぶりで同窓会に参加できるタイミングだったこともあり、その場で訂正すればいいか、とその時は私自身もそんなに深くは考えていなかった。母親が勝手に変えられるくらいのものだから、本人が訂正すればすぐに直してくれるだろう。

だが同窓会へ行ってみると、卒業生名簿は外部に委託して管理しているからそちらへ連絡しないと変えられないということが判明。ぬぬぬ。

母親に名前の確認をしたのはちょうど委託業者へ業務を移行するタイミングだったらしく、誰かが気を利かせてやったことらしい。

でもまあ別に急いで変えなければならないものではないし、間違った名前でも会報は実家に届いている。一時帰国で何かとバタバタしている間に名前の変更のことなんてすっかり忘れ、そのままフランスへ戻ってしまった。

そんなこんなでいまだに私の名前はどこの誰だか知らない人の名前のまま卒業生名簿に載っている。


そして最近ふと思った。

漢字の名前が羅列している名簿の中でローマ字で書かれた名前は目立つ。

先輩や後輩、同級生の中にもそういう人が何名かいるが、完全少数派なのでやはり目立つ。もう何年もそんな目立つローマ字書きの名前だった私が急に元の漢字名に戻したら、それを見た人はどう思うだろうか?

こいつ離婚したなって思うに違いない。


そうに違いない。

あーなんか色々面倒になってきた!

そもそもなんで本人の許可なく勝手に名前変えたのよ!もうっ!ぷんっ。

女性が結婚したら必ず名前が変わると思ってる日本の悪いとこ!そこ!

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