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ウェイリー版源氏物語第一巻

 この物語は約100年前にアーサー・ウェイリーが英訳したものを毬矢まりえ氏と森山恵氏が現代の日本語に戻し訳したものである。第一印象は読みやすいということである。源氏はシャイニングプリンス、桐壺帝はエンペラー、夕顔はユウガオ、紫の上はムラサキとなっているが違和感はなく、すんなりと物語の中に溶け込んでいる。
 「桐壺」から「明石」までが収録されている。ゲンジは父の妃フジツボに恋をするが、元服してアオイと結婚し癒やされない想いを抱え続けることになる。人妻ウツセミは一度は関係を持つがきっぱりと拒絶し、ユウガオとは深い契りを持つが廃院で物の怪に襲われ命を落とす。
 療養で北山に行ったゲンジはフジツボにそっくりなムラサキと出会い、祖母を亡くした彼女を強引にニジョウインに引き取る。その間にゲンジは実家に里帰りしたフジツボと密通し、彼女は不義の子供を生む。けれども、彼女は決してゲンジを許さず冷たくあしらう。ゲンジは満たされぬ想いからコキデンの妃の妹オボロヅキヨとのアヴァンチュールに溺れる。
 アオイが妊娠する。彼女はアオイマツリに行くが、レディ・ロクジョウと馬車を置く位置を争い、ロクジョウに屈辱を与える。その後、アオイは意識を失うが、それはロクジョウの生霊によるものであった。アオイはユウギリを生みゲンジとも和解するが、命を落としてしまう。その後ゲンジは彼女の父屋敷で喪に服す。それからニジョウインに帰り、ムラサキを妻にする。
 ロクジョウはゲンジの愛を永遠に失ったことを悟り、娘と一緒にイセへ下向する。その前にゲンジはロクジョウを訪ねるが、その場面は限りなく美しい。その後エンペラーは亡くなり、ゲンジはパレスでの地位を失っていく。そんなある日、オボロヅキヨとの逢瀬を彼女の父に知られ、スマに退くことになった。
 ムラサキやフジツボと別れ従者達数人と共にスマに滞在する。嵐が何日も続き、ゲンジ達はアカシに移る。そこで彼はニュウドウの娘アカシのレディーと結ばれ、彼女は身ごもる。ミヤコでは雨が降り続け、ゲンジの兄のエンペラーは眼病を患う。そしてゲンジは許されキョウトに帰り、ムラサキと再会するのであった。

 優雅で華麗な物語であり、ウェイリーの英訳はその当時の文化人達にもてはやされる。ヴァージニア・ウルフはこの小説を愛読していたらしい。彼らはプルーストの『失われた時を求めて』と重ね合わせたのではないだろうか?時間をテーマにした上流階級が舞台の小説はまさにプルーストの世界である。そして、心理描写の繊細さ、自然描写の美しさ。もしかしたら、彼らの文学に多大な影響を与えたかもしれない。
 この戻し訳は源氏物語の原文よりも遥かにプルーストに近い。私は『失われた時を求めて』やウルフの小説を読む感覚で読んでいた。ゲンジは『失われた時を求めて』の語り手であり、フジツボやロクジョウはゲルマント公爵夫人、アオイはジルベルト、ムラサキやユウガオはアルベルチーヌである。特に心理描写が秀逸である。他の現代語訳と遜色ないどころか、非常に分かりやすいのである。また、表紙がクリムトなのも斬新である。

 この戻し訳は奇を衒ったものではなく、ウェイリー訳を深く掘り下げたものである。この物語は私達を未知の世界に連れて行ってくれるのである。
         fin
 

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