見出し画像

優しい世界で生きたい、その輪郭がやっと見えてきた。

今日で2021年が終わる。

外では雪がしんしんと降りつづいている、寝起きのぼやけた視界でもわかる雪景色。こうやって家族と実家で過ごす年末年始もいつまで続くんだろうとぼんやり考えながら、大晦日にこうして手を走らせている。

今年はどんな年だったんだろう、そうふと思い上半期の振り返りnoteを読み返してみた。

でもその日常を彩りたいから、年末に振り返ったときに満足していたいから、私はちょっとしたことでも行動を起こしていきたい。

年末に振り返ったときに満足していたいから、そう当時の私は書き残していた。そしてあっという間に時は流れ、今日は大晦日。

改めてこの1年を振り返ってみたけれど、でてくる言葉は変わっていないように思える。

誰とも比べない、自分の心地よさを見つけてそれを大事にしてあげる。そんな小さなことだけど、私はそんな自分の中に芽生えた気持ちを大事にしていきたい。

そう、振り返ると『自分の好きや心地よいに気づく』そんな一年だった。

「あかねは暮らしを大事にしているよね」そんなことをつい先日、親しい友人に言われたけれどなんだかその言葉がしっくりきてしまった。きっと数年前の私ならそうは思えなかっただろう。

暮らしを大事にする、つまりは自分を大事にするということ。他人軸から自分軸へ。そう自然と思えるようになったのは、自分の中では大きな変化だ。

ずっと言い続けている「優しい世界で生きたい」そんな曖昧な言葉で綴られた人生の目標。暮らしを大事にする、ぼんやりとしていた優しい世界の輪郭が少しずつ見えてきたような気がした。

季節を楽しむようになった。
花のある暮らしを始めた。
純喫茶へ足を運ぶようになった。
昨年末に購入したsony α7Ⅲを持ち歩くようになった。

大きな変化はない、刺激も適度に抑える、ただ日常を楽しむ毎日。

「なにをされている方なんですか?」その質問に、「ただのOLです」としか答えられない。もっと言えるような肩書きがあったらいいのに、そんなないものねだりもたまにしたくなる。

だからこそ、私これでいいのかな、何か行動をしないと、みんな頑張っているのに私は、そんな思考で脳内が占領されてしまったこともある。

そんなときに書いたnoteが想像以上に読んでもらえて、「あ、私だけじゃなかったんだ」と心温まったのを今でも覚えている。

自分の好きに素直でいる、自分にとっての心地よいを探す。そう無理をせず思えるようになってからは、不思議と心も足取りもうんと軽くなった。

かっこいいことをしているわけでも、派手なことをしているわけでもない。ただ自分の心の声に耳を傾けてあげているだけ。

とはいえ、自分を優先することはわがままとも言うのかな、そう考えてしまうときもあった。でも、とある人から言われた言葉にいまも助けられている。

『自分の時間を自分の好きなように使う、それでなんでまわりが文句をいうの。あなたが大事にしたいものを「それはわがままだ」と批判する人がいるのであれば、その相手こそわがままなんじゃないのかな。だから気にしなくていい。』

人間関係も時間の使い方も、仕事も、私生活も。大事にしたいもの、そのバランス、温度感も人それぞれ異なる。相手の好きや心地よいを大事にしたいと思うのであれば、まず自分のそれを知る必要がある。自分を大事に扱える、だから相手のことも思いやれる。

まわりの人に大事にされたいなら、まず自分を大事にしなさい。

人生迷い子だったかつての自分にその人がかけてくれた言葉が、年月を経てやっと自分の中で腑に落ちたような気がした。


自分の好き、心地よいを探す旅はこれからも続くだろう。

きっとまだまだ知らない世界はあるだろうし、その先でまだ知らない自分の好きや心地よいに出会うかもしれないのだから。

そう、日々の小さな気づきの積み重ねがいまの私をつくりあげている。

でもその日常を彩りたいから、年末に振り返ったときに満足していたいから、私はちょっとしたことでも行動を起こしていきたい。

半年前の自分へ。

大きな変化はなかったけれどいまの私は満足できているよ。友達は多くはない、恋人はいない、一流企業に勤めているわけでもない、それでもいまの私は幸せだなとふと思うことがあるんだ。

だって自分自身を好きだと思えるから、そしてそんな自分を大事にしてくれる人たちもいるから。きっとそれで十分なんじゃないのかな。

来年はそんな今年気づけた自分の好きや心地よいを一緒に楽しめる人に出会いたい、そんなことを考えている大晦日。

みなさん良いお年を。


この記事が参加している募集

日々の楽しみに使わせていただきます!