初めて花束を贈った日のこと
花束を贈る、それが私にはなんとも照れくさかった。
花が好きで、花に関わる働き方がしたくてフローリストになった私。それなのに今まで一度も誰かに花を贈ったことはなかったのだ。
お客さんの思いを乗せてその人にとっての贈りたい相手のために花束を束ねる。そんなことは日常茶飯事。けれど、自分が贈りたい相手のために、は思いつく限りは一度もない。
花の仕事をしているのに、と我ながら不思議に思う。
けれども、ついに花束を贈るという出来事が私の身にも起きた。
***
それは三月末のこと。
「花に関わる働き方がしてみたいんです。」
私にとってフローリストという働き方がまだ現実的ではなく、こうなったらいいなという理想でしかなかった頃。その時期に私はある喫茶店に出会う。片道一時間はかかる、けれどそれでも通いたくなるお店でいつの間にかそこは私にとって大事な居場所となっていた。
このnoteにも幾度もでてくる、あの喫茶店。
フローリストになる、という選択をしたときも店主さんが背中を押してくれた。彼女のおかげで今の私がある、そういっても過言ではないくらいお世話になったのだ。
そんな大好きで大事な喫茶店がしばらくお休みに入ると知ったのは三月の中旬。私は居ても立っても居られなくなり仕事終わりに向かうことにした。
今日の仕事終わりに行こう、そう決めたとき。ふと何か持っていきたいという想いが湧き出てきた。
何を持っていこうか、ここは無難にお菓子がいいかな。そう考えながらも心の奥底には”花を持っていけたら”という気持ちもあった。
花を持っていけたら、でも。
この”でも”が、私がずっと花を贈らずにいた理由の一つなのかもしれない。
でも、私にはまだ自信がない。ちゃんと一人前のフローリストになってからじゃないと。だから今の私には花を贈るのはまだ早い、と思っていた。
けれども今日じゃなかったら、この日を逃したら、はたしていつ次のタイミングがくるんだろう。あと一時間で今日の仕事が終わる午後五時、どこからかそんな問いかけが出てきた。
自問自答を脳内で繰り返しながら、最後やっとのことで「……よし!」と無難にではなく自分がそうしたいと思った選択肢をとることに決められた。
あの店主さんなら、あのお店なら。そうやって思い浮かべながら花を選び束ねる時間は、想像以上に楽しく尊いものだった。
そして私は花束を手に、片道一時間かけて喫茶店に向かう。
「これ、プレゼントです。」
照れくささはやっぱり消えず、でもその言葉とともに私は自分で束ねた花束を彼女の前に差し出した。
すると彼女はぱっと笑顔になり、「あかねちゃんが!嬉しすぎる!」と花束を受け取る。そして「写真一緒に撮ろう!」ともう一人のスタッフを呼び出していた。
花を持っていこうかな、でも。
そう悶々とあれこれ悩む必要はこれっぽっちもなかった。なんなら、そんな心配いらなかった。今の私には花を贈るなんて早すぎる、それは私の単なる思い込みだったらしい。
その日の夜、彼女がお店のInstagramでこう投稿していた。
「たくさん悩んで、お花屋さんになる夢を叶えて私のために作ってくれた花束。感慨無量…」
悩んだけれど、不安もあったけれど、やっぱり花束にして正解だった。あのとき無難に、とそんな逃げともいえる理由からお菓子を選ばなくてよかった。
贈りたいから贈る、それでよかったんだ。
***
花を贈る、やっぱりまだ照れくささはあるけれど。贈りたいタイミングがきたら、そのときは自分の気持ちに素直になって花を贈ろう。
だって今の私は相手を想いながら、自らの手で花を選び束ねることができるんだから。これは花屋で働く特権だろう、使わないのはもったいない。
もうすぐ母の日。
直接渡すことは難しいだろう、でも去年みたいに「まあ、いいか」で済ましたくない。今年こそは自分でつくったアレンジメントを贈れたら、いや、贈るんだ。
でもな、とはいえ、と贈らない理由を重ねていくのではなく、これからは贈りたいから贈る、そんな素直さを大事にしたい。
私にとっての”初めて”が彼女でよかった、あのときの心の温まりはきっとこれから先も忘れることはないだろう。