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白のワイシャツに赤の絵具を垂らしたい

人を介さなくてはやっていけない世の中。お互い持ちつもたれつ。フォローしあったり。支えあったり、、、分かってはいるけれど、、、

ひとりで居るのは楽よね。周囲に合わせなくていいし自分の世界の中だけで生きれるから。ただし自由がゆえの孤独さ。自分の世界ゆえに人と交われない葛藤。なにかじれったい、はがゆい。自分と相手への相入れなさ。みんなは上手くやってるのになんで自分だけ…

今日はそんなくすぶる気持ちを書きたくて、抽象的に表現して書いてみました。よかったらつまみ食いするような感じで覗きに来てください。


わたしという存在は彼らとは遠い所にあるように思えた。というよりもはや別の所に。

わたしにとっての常識は彼らにしたら非常識  わたしにとっての非常識は彼らにしたら常識の範疇内

なんとも言い表しがたいこの微妙な距離感はわたしにしたら苦痛以外の何ものでもなかった。ただただ耐え難いもの

その耐え難いものが生まれてこのかた常にわたしの側にあって、コロナ渦という世で騒がれているソーシャルディスタンスはわたしが産まれてから今までずっとわたしにこびりついていたものだった

相手の考え方の距離を保ちたい。相手の考えとわたしの考えを似せたい、寄せたい、近づけたい、なんなら同じくしたい。

だが近くなりたいと意識すればするほど"あちち"と火傷した。相手に似せるやり方が分からないしやり方が分かったとしても受け入れられないような気がした。

わたしの悩みは大抵共感してもらえない。彼らの悩みはどころと違うところにあるからだ。逆もしかり。わたしは彼らの悩みに共感できない。ここでもまた幾ばくの孤独を味わうハメになる

はてさて、ここまで来るとわたしは宇宙人か?と自身に問わずにはいられなくなる。いやいや、彼らが遥か彼方のどこぞの惑星からきた考え方が不格好な、謎に奇をてらった宇宙人ではないのか?と。

なぜこんなにも色んなことが噛み合わないんだろう。私のことを家族にも受け入れてもらうのにも何十年と要した。やっと受け入れてもらえたー!ハッピーーというよりは正直疲れた。やっとかよと。

この世はこの上ないイミテーション

存在するもの、人が全て嘘っぱちな安物のイミテーションに見えた。(これが死ぬ間際に起きると言われている仮想現実っていうやつ?)

そこら辺に転がしたらカラカラと軽い音を立てて転がり、手で持って重さを確かめても容量もなく密度も濃くなさそう。しかもキズやヒビが幾重にも入ってる。でもこの子たちは安っぽい自分だと周りにバレるのを恐れているので上辺でうまく取り繕ったり、おだてあったり、お世辞が上手くなったりうまく社会を切り抜けるために本音と建前を器用に使いこなしたりとその錬磨を止めない。

自分らはホンモノだと言わんばかりに謎にただ主張が強い生き物に成り下がっただけの物体に思えた。

なんて浅はかなか弱い反発だろう。自分たちの出来なさ至らなさというコンプレックスをひた隠しにして、でもそれがバレないように、そしてバレるのを恐れて姿勢をピンと正して、、そして偽りの顔がバレないように会う人会う人にイミテーションの笑顔を無意識下で無理矢理作ってるように思えた。

わたしはその安っぽいカラカラと乾いた音のする、イミテーション同士の物体が交わるのを眺めていた。時折りおはじきのぶつかり合うような音を聞いては哀れよのう、、、と他人事のように感じていた。

乾いた音を立てながら乾いたもの同士がぶつかりこじれて乾いたやり取りを空っぽの心で聞いていた。(『聴く』という字はあえて使わないことにする)

今、巷で若い女性の間で使われているファッション用語で『消えそうな色コーデ』という上下トップス、ボトムスの組み合わせがあるらしい。その言葉を模してここでは消えそうなコミュニケーションとでもしておこうか。

彼らにはそもそも色が無かった。彼らは必死に今にしがみつき色を出そうとしてるけどね。

もっと深みのある色を足そうよ        もっと色を染み込ませようよ         

なんならさ、血色の赤を筆先にちょこんと乗っけて白いワイシャツに一滴でいいから置こうよ

そしたらあとは勝手に滲んでいくしさ。台紙が白だからその色ははっきり赤って分かるから 

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きっと分かるからさ

赤をおいてさ、ホンモノにしたいんだ ホンモノを見せてよ。てか一緒に見ようよ。きっとできるからさ

みんなで筆の先にちょこんと赤を乗せて

汚れが落ちづらい油絵の具の赤色をおいてさ、何も柄も模様もない透き通った爽やかなシャツにその色を置こうよ。みんなで一斉に"せーの!"の合図で色を落とそうよ。

きっと世界は変わるからさ


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