『光る君へ』は平安ゴシックホラーなのか

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 大河ドラマ『光る君へ』を毎回欠かさず見ています。リアルタイムもしくはNKHプラスでばっちり。そんなの、もう十数年ぶりか、もっとかもしれません。
 ここ数年は、大河ドラマは最初の数回で挫折して、年末の最終回だけは見て、全部見たような気持ちに無理やりしていたというのに。好きなものは続くのだと、つくづく感じております。
 
 なにがそうさせるのか、自分なりに『光る君へ』の魅力をまとめておきます。


音楽

 毎回感心してしまうのが、音楽の使い方です。オーケストラ風の荘厳な曲があると思えば、ジャズになったり、ロック調に歪んだギターの音色もあり、スパニッシュギターらしき節もあります。チェンバロを奏でるような西洋宮廷音楽風の曲もありました。時代や地域の縛りがなく、場面場面に合うように効果的に使われています。
 
 また、オーケストラ風の曲は、どこかで聞き覚えがあるような……。オープニング曲の一部は『のだめカンタービレ』で使われた「ラプソディーインブルー」や、ラフマニノフの協奏曲に似た一節があります。ほかの曲では、リムスキー・コルサコフ「シェエラザード」に似た節もありました。
 
 NHKの朝ドラでも天気予報のバックミュージックも、”何かに似た曲”がよく使われるので、特にそれが悪いわけではありません。どこかで聞き覚えがある曲の方が、人の耳をひき心をとらえると言われていますし。少なくともわたしは、何に似ているかを考えて楽しんでいます。

現代ドラマっぽさ

 2024年の大河ドラマは紫式部の時代設定になると聞いて、遥か遠すぎていったいどう演じられるのか予想もつかなかったのですが、始まってみれば、現代のドラマとあまり変わらないのです。

 たとえば先週のエピソードなら、雨宿りで貴公子たちが姫たちの品定めをしている場面や、政治家が汚い手を使っている場面などは「ああ、今もありうる」と如実に思わせます。
 イギリスのクリケットに似ているが、原形は紀元前6世紀のペルシャにあって、先に日本に伝わった打毬という競技を、華麗にプレイする貴公子たち。それに、ぱっと見、テントを思わせる見物席に座して、ときめくお姫様がたの様子も、極めて現代的でした。
 
 今日の回では、道長が直秀(普段は、昼は散楽を演じる芸能集団のリーダー、夜は盗賊)を「最近みつかった弟」と偽って、打毬競技のピンチヒッターとして誘い込み、その後、邸でしゃべりながら毬を投げ合っている場面に、強烈な既視感を覚えました。
 これは、昨年NHKで放映されたドラマ『グレースの履歴』を思い出さずにはいられません。主人公が、死んだ妻の車に残っていたナビゲーターの履歴を手掛かりに、長年離れて暮らしていた実の弟に会うことになり、やや緊迫した再会のあと、心ほぐれてキャッチボールをしていたのです。しかも、その実の弟を演じたのが、今回道長を演じている柄本佑さん。脳内リンクしまくりでした。

 ほかにも「今っぽい」と思う場面が毎回、多々あります。

スリルとサスペンス、歴史、貴族

 非常に古い時代なので、史実どおりとは限らず、仮説を立てながらフィクションで肉付けされているのだと思いますが、初回からのキモとなるのは、主人公まひる(紫式部)の母が、道長の兄に殺されたという設定です。しかも身分制や家父長制のしがらみによって、この理不尽な殺人はもみ消されます。これにより、まひるの気持ちは揺らぎ、好意を寄せあっていた道長との間も、まるでロミオとジュリエットのように、運命のいたずらに阻まれます。 

 今日はそれに加えて、当の道長の兄、道兼がそうとは知らず、まひろと対面する緊迫のシーンがありました。逃げずに目の前で不穏な琵琶の音を聴かせるまひろの凄みたるや……。

 遠い昔、漫画『あさきゆめみし』を読んで源氏物語をひととおり把握しているので、それに近い宮廷社会のドロドロやゴタゴタにも違和感なく入り込めます。

 貴族のお話なので、御殿や衣装や調度品なども見目麗しい。かと思えば、散楽を演じたり観たりする庶民も映されるので、「貴族は大変そうだな―、庶民のほうが楽かもなー」という庶民への共感も抱けるのです。
 この二重構造は、イギリスで人気を博したドラマおよび映画『ダウントンアビー』にもありました。両方の階級を行き来できて飽きずに楽しめます。

 最近、わたしは別名義でゴシック小説の書評をしたのですが、その小説の作家も含めて、ある研究者が、英国女流作家によるゴシック小説とは、家父長制社会での苦しさに抗うための戦術だったのでは、と言及されています。
 そんな説があるのなら、もしかして、紫式部の書いた源氏物語は、恋愛小説だけでなく、かなり早い東洋でのゴシック小説だったといえるかもしれません。

 千年も前に、こんなにも綿密に周到に、自身が宮廷社会で見た闇を、第一級の恋愛物語に忍ばせていたかもしれないと思うと、励まされるような、拝みたいような気持ちになり、また次週が楽しみでならないのです。

 
 

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