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再改訂版<書評>自由課題『九月と七月の姉妹』デイジー・ジョンソン(東京創元社)

※トップ画像は『九月と七月の姉妹』デイジー・ジョンソン(東京創元社)の表紙の一部です。
第5回翻訳者のための書評講座(講師:書評家の豊﨑由美さん)に参加しました。 
合評でご指摘いただいた内容のほか、自分でもダメ出しをして大幅に書き直し、こちらに掲載します。
ご指摘内容
1. 同著者のほかの短編作品をあげるときには必ず収録書籍名を入れる。
2. 物語の最後のシーンを書いた段落は不要。たとえ謎を残していても、読んでいない人の愉しみを奪ってはいけない。読者は放り出されたような気持になってしまう。
自分でダメ出し
・1600字想定で1573字だったが、提出時に未記入だった。
・現在書評欄がないのになぜこの想定媒体にしたのか不明。想定読者に向けた書き出しにするべき。
・80、90年代の人気映画を引き合いにして雰囲気をわかってもらおうとしたが、オーソドックスな手法ではない。
・長くて論旨がぼやけているので1200字に削る。→1400字に
・引用が多すぎるので絞る。
・細かいところで言葉が足りず、誤解をまねく。
以上の点を考慮して下記の通り改訂版としました。

→映画の部分が良かったのに、という声をいただきましたので、その部分を戻し、気になる点をさらに修正して再改訂版とします。

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 もしもあなたが年長者に圧倒されやすいと感じるならば、こう思うことはないだろうか。「私が先に生まれていればもっと自信を持てたのでは」。そんなモヤモヤを抱える人に、いやそうでなくても、この小説はカタルシスを与えてくれよう。表紙に描かれるのは金髪と黒髪の少女の後ろ姿、帯の言葉は〈姉さんはブラックホール、姉さんは倒れてくる木、姉さんは海〉である。ここから想像できるように、姉は妹を植民地のように支配する。九月生まれの姉セプテンバーは翌年七月生まれの妹ジュライよりも先に発言し、命令し、妹が怪我をすると自分の指も切って見せ安心させようとする。妹が学校でいじめられればすぐさま復讐する。そして妹には紙に書いて誓わせる。〈わたしたちの一人しか、生きられないとしたら、生き残るのはあなたです〉と。姉の壮絶な支配欲は死んだ父親から受け継がれたものだ。セプテンバーに言わせると〈絶叫バンドマン略奪ペテン師〉だった英国育ちの父。インド系の母親シーラは妹のほうに、夫に支配された自分を重ねる。姉は妹と完全な共依存関係を結び、母親を入り込ませない。野生児のごとく食べ物を自分たちで用意し、学校に行かず遊びを発明する。ネグレクトに見えるが、実は排除されたのは母親のほうで、確かに娘たちを愛している。彼女が書く本に二人は何度も描かれる。
 現在形で感覚的に語られる日々は、しばしば時系列を外れて過去の記憶を挟む。イギリスの海辺にある〈セトルハウス〉へ母娘三人が越して来たのは、かつて通った学校で姉妹が事件を起こしたためらしい。目次はないが三部構成のなかで妹と母が各章の語り手になっている。はじめに十歳の言葉と感覚で綴られた三人の暮らしは、二部三部と進むにつれ、解像度があがり客観的な事実へと昇華されていく。
 幻覚のような描写にも惹き込まれる。〈眠りと覚醒の継ぎ目は細くなった。何かが天井から下がっている夢から目を覚ますと、それはまだそこにあって、いまにも落ちてきそうだった〉。特に体については頻繁に書かれる。〈まぶたは眠りと覚醒のあいだでぴくぴくして〉〈手首の骨がぽきっと鳴るくらい大きく伸びをする〉。そして〈セトルハウス〉は生きた体のようでもある。〈輝かしい産声をあげるセプテンバーの周りへ、壁がぎゅっと縮まってきた〉。九〇年代の映画「トレインスポッティング」の赤ん坊が壁を這う幻覚シーンが蘇る。ジュライは自分の腕に斑点を見つけると、〈ナイフを構え、前腕のその箇所をえぐる〉。ここは八〇年代後半のフランス映画「ベティ・ブルー」を想起した。生々しい肢体と血の感覚が、心の痛みをも鮮烈に伝えている。一九九〇年生まれの著者デイジー・ジョンソンは、体の感覚を重視しているように思える。現在邦訳で読める短編「断食」*1と「アホウドリの迷信」*2も然りだ。
 外見も性格も真逆でありながら、二人でひとりとして存在する姉妹に、やがて紙に書いたあの誓いが迫ってくる――。恐怖を越えておとずれる温かみが、今のあなたを励ましてくれるだろう。
*1『MONKEY vol.25』に収録
*2『アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』、『MONKEY vol.23』に収録。すべてスイッチパブリッシング刊

(本文と注を入れて20字×60行70行 縦書き 想定媒体=日経WOMAN 普段あまり翻訳小説を読まない読者向けの書評欄が設けられることを願って)


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