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[カレリア民話] 皇帝の語り部(ČUARIN STARINANŠANOJA)

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皇帝の語り部

 むかし、あるところに皇帝がいました。彼は毎日、新しいおとぎ話の語り部を(よこすよう)求めました。その語り部はいつだって、皇帝が今までに聞いたことのないおとぎ話を話さなければなりませんでした。もし新しいおとぎ話を知らなければ、そのときは語り部の首が切り落とされました。毎日、新しい語り部が連れてこられましたが、皇帝の聞いたことのないおとぎ話を語る者は(もはや)いなくなってしまいました。
 (新しい)語り部をさらに探しましたが、あえて(語りに)出かけようと思う人など誰もいません。「もちろん僕は行こうと思うよ」と言っている、ほら吹きの若者が見つかりました。そうして連れていかれるか、あるいは自分で行くかして皇帝のもとにやって来ました。皇帝は椅子をすすめて、言いました。
-さあ友よ、おとぎ話を聞かせておくれ。

若者はおとぎ話を語り始めました。
-ぼくのじいさんと、あなたのおじい様が一緒に小屋を建てていたとき、リスが壁の丸太を1日かけて走ったんだとさ(、それほど大きな小屋だったんだ)。(こんな話を)聞いたことがありますか?
-いいや、聞いたことないね、皇帝は言いました。

若者は(それだけ言うと)、去っていきました。次の日、若者はふたたび皇帝のところへおとぎ話を語りにやって来ました。皇帝は椅子を持ってきて、言いました。
-さあ友よ、始めておくれ、おとぎ話を話しておくれ。
若者は(話し)始めました。
-ぼくの父さんと、あなたのお父様が一緒に雄牛を育てていたとき、ツバメが(牛の)角の間を1日かけて飛んでいたんだとさ(、それほど大きな雄牛だったんだ)。(こんな話を)聞いたことがありますか?
-いいや、聞いたことないな、皇帝は言いました。

皇帝はすでに、このほら吹きをどうしてやろうかと考え始めました。皇帝は自分の家来たちを集め、彼らに言いました。
-あの若者が何を言おうと、お前たちはこう言うんだ、「私たちは、聞いたことがあります」とな!

3日目に若者がおとぎ話を語りに来ると、皇帝はふたたび椅子を運んで言いました。
-見ておくれ、友よ、今日はわしの家来みんなが話を聞きに来たぞ。さあ、素敵な話を聞かせておくれ。
若者は(話し)始めました。
-あなたのお父様が、ぼくの父さんから40バレル(樽)の黄金を借りたんだとさ。聞いたことありますか?

男たちには「私たちは、聞いたことがあります」と言うよう命令が出されていました。ですから、彼らはこう言うよりほかありませんでした:
-私たちは、聞いたことがあります!
-ほう、みなさんが聞いたことがあるのなら、借金を払ってください、と若者は言いました。

そうして皇帝からも、家来たちからも、みんなから黄金が集められました。しかし、1バレル以上はどうしても見つけられ(集められ)ませんでした。いっぽう若者は一般の人々から、黄金を運ぶための40頭の馬と40個の樽を集めました。
-さて、これで皇帝も人々を殺すことはやめるだろう、若者はそう考えましたとさ。

単語

šanoja [名] 語り手, 話し手
ruohtie [動] 思い切って~する
täyttyä [動] 実行する, 遂行する
pietelšikkä [名] 怠け者, ぐうだら, ほら吹き(бездельник)
prijaateli [名] なれなれしい呼びかけの言葉(приятель)
saraja [名] 物置小屋, 納屋(сарай)
piäčkyni [名] ツバメ
väli [名] 間
lentyä [動] 飛ぶ
virkamieš [名] 職人, 奉仕者, 家来
velka [名] 借金
počka [名] 樽, (単位)バレル(бочка)
kulta [名] 金, 黄金
herra [名] 紳士, ミスター, 男性
miäräyš [名] 命令, 指令
piätellä [動] 結論を出す, 判断する

出典

所蔵:ロシア科学アカデミー カレリア学術研究所(KarRC RAS)
採取地:カレヴァラ地区のヴオッキニエミ(ヴォクナヴォロク)
採取年:1941年
AT921E

日本語出版物

日本語での出版物は、今のところ見当たりません。

つぶやき

ロシア語からの借用語の多い語り手さんで、少し語彙探しが必要でしたが概ね訳しやすかったです。

カレリア民話で登場する、いわゆるエライ人は皇帝地主のいずれかで、皇帝はロシアから、王は西部フィンランドからの影響です。民話が多く採取された1940年代以降は、ほとんどが皇帝になっています。地理や歴史が与えた影響も考察できるので、訳でも使い分けています。

皇帝/王が物語を語らせる、満足させられないと死罪にするというエピソードでは何といっても『千夜一夜物語』が有名ですね。

「まだ1度も聞いたことがない」何かを命じられたのに対し、お金の返済を要求する話は、ATカタログをひいてみても、類話採取地域として記載されているのは7地域(フィンランド、カレリア、スロベニア、ルーマニア、ユダヤ、パレスチナ、エジプト)のみです。

「リスが1日かけても走っても、端に到達しないほど大きな小屋」、「ツバメが1日かけて飛んでも、もう片方の角に到達できないほど大きな牛」は、フィン・カレリアに伝わる口承詩歌「大牛伝承(宴膳のためにと殺される大牛の話)」からの借用。叙事詩『カレワラ(Kalevala)』では、婚礼の準備を描く章で次のように語られています:

一日かかって燕は飛んだ 雄牛の角の間を
(『フィンランド叙事詩 カレワラ』第20章27-28節, 岩波書店, 小泉保)

一月かかって夏の栗鼠が走った 首から尻尾の端まで
(31-32節, 同上)

>> KARJALAN RAHVAHAN SUARNAT(カレリア民話)- もくじ

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